少し、前の話【ファンタビ】

2話 ページ2

出発ギリギリにフェリーに飛び乗ると、前を歩いていた女の人にぶつかってしまった。
慌てて謝るが、彼女は振り向くことなく人混みに紛れていってしまう。
私、何かしちゃったかなぁ…
ふと香った香水の匂いに思いを馳せたが、考えることをやめた。

私は乗客にぶつからぬようトランクを胸の前に抱きかかえる。
それにしても、だ…


「混んでるなぁ…」


早朝のはずなのにフェリーに人がごった返している。この感じじゃ、ソファに座るどころか歩くことすらままならない。
私は小さく溜息を零した。


イギリスまでは約2時間程度といったところか。
リキュールが暇しちゃうなぁ…


リキュールとは魔法動物の一種で、1年前の事件で私が保護した絶滅危惧種だ。
猫とタヌキを足したような容姿で、性格は至っておとなしい。ちょっとイタズラ好きな部分があるのが難点だが、そんなところも可愛いのだ。

カタカタと返事をするかのように動いたトランクを指先で2回叩いた。


「大丈夫だよ」


トランクの中は広いが一人ぼっちだ。
そっと抱き寄せる腕に力を込め、窓の外の景色に目を移した。


頭に浮かぶのはやっぱり写真の人のことで
ニュ…なんとかさん。
写真は青年が照れたように頬を掻く姿が収められていた。彼は母とどんな関係だったのか、どうして母がこの人を選んだのか。

聞きたいことは山ほどあった。

彼は本当に助けてくれるのだろうか。
魔法動物は理解されない生き物の一つだ。
彼に理解して欲しいとは言えない。もしも意見が食い違うのであれば、私は誰も頼らずに暮らしていこうと思っている。

この子を理解してあげれるのは、私一人でも充分だ。



さて、イギリスまでは約2時間。
たっぷり時間はある。私は壁にもたれかかり、そっと目を閉じた。
朝早くから起きたこともあってか、意識を手放すのはそう難しくなかった。

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