第5話 迎えた朝 ページ6
「朝方には、お前も鬼になっているだろう」
「……ッ!!」
「鬼になり、私の部下に相応しい強さを身につけた時には…」
男は私の髪を掴んで上を向かせ、私の額を指で小突いた。
「歓迎しよう、十二鬼月の一員として」
…十二鬼月……?
男はパッと髪から手を離し、再び私は地面にうつ伏せで倒れた。
霞む視界の中で、男の後ろ姿が遠ざかっていくのが見える。
路地の向こう、街明かりが差す方へ。
私はそっと目を閉じた。
「ん…」
目が覚める。いつの間にか気を失っていたようだ。
体を起こして辺りを見回してから、ここは大正時代だということを再度思い出した。
そして、昨夜のことも。
「あの男…一体どこへ」
男が消えていった路地を覗き込むと、その先は明るかった。
提灯の明かりではなく、朝の光だ。
私がいる場所は建物の影と林の影に覆われていて、朝日は届かない。
いつの間に朝を迎えていたのかしら…
そう思って路地の向こうへ行こうとした時、私の足は止まった。
「あ、あれ……?」
頭では足を踏み出そうとしているのに、体が言うことをきかない。
行ってはいけない。
朝日の下に出てはいけない。
なぜか頭の中で警報が鳴り響く。
汗が滲み出て、呼吸が荒くなり始める。
私は踵を返して、建物の壁に背を預けた。
『朝方には、お前も鬼になっているだろう』
昨夜、あの男がそう言ったのを思い出し、私は制服の胸ポケットから鏡を取りだした。
鏡に映し出された私の姿はまるで、
「ぁ…鬼……」
手から鏡が滑り落ちた。
蛇のように小さく見開いた瞳孔、あの男と同じ鋭い牙、長く鋭利な爪。
その姿はまさに鬼のよう。人の見た目じゃない。
「うそ、そんな…」
その時、路地の向こうから人の声が聞こえた。
そして、今ひどく空腹であることに気づいた。
食べたい。あの人間を食べたい。
「ッ……何を考えてるの、私は」
怖い。私が私じゃなくなる。いやだ、嫌だッ!!
気がつけば、私は林の中へ走り出していた。
走る走る走る。ひたすら走る。
そして、木の付け根につまづいて転んだ。
走り出す気も失せて、私はその場に座り込む。
ふと、制服のポケットに手紙が入っているのを思い出して、何となく取りだした。
ぐちゃぐちゃに丸まった手紙。開くとそこには、お母さんの字が綴られていた。
それは、決して悪口ではなかった。
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作者名:夕霧 | 作成日時:2019年8月23日 14時