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｢またよろしくお願いします、田中さん｣
｢えぇ、こちらこそ｣
｢今度は一杯やりに行きましょう｣
｢いいですね！是非とも｣
打ち合わせも無事に終わり、帰り際のこの社交辞令会話ももう慣れっこだ。
愛想の良い田中は先方さんに物凄く気にいってもらっている。
｢あ、藤咲さんも是非！｣
なんてそれこそ社交辞令満載の文句を付け加えて
ニッコリと笑った先方さんに引き攣った笑顔を返した。
｢では、失礼します｣
・
｢いや〜今日の俺も完璧だったわ｣
｢はいはい｣
｢お前ももっと愛想良く笑えよ〜｣
｢余計なお世話なんですけど｣
駅までの帰り道、いつものごとく自画自賛をする田中は上機嫌で
｢ほら、笑ってみ？｣
なんて俯きがちな私の顔を覗き込んでくる。
｢嫌だよ、なんでよ｣
｢せっかく美人なんだからもったいねーって！｣
｢はぁ？｣
｢ニコニコしてりゃ周りとも上手くやってけるって言ってんの｣
｢それこそ余計なお世話だわ｣
初夏のジメジメした空気を纏った風が頬をすり抜ける。
生暖かくて気分が悪い。
美人なんだから、とかよく息を吐くように言えるもんだ。
あっそ、なんて呟いてから田中はなぜか立ち止まった。
｢痛っった！｣
両頬に鈍い痛みが走る。
｢ははっ｣
人懐こい笑顔を見せて私の両頬をムニッと摘んでくる田中に必死に抵抗していると、
｢ふーーーん｣
突然横から聞こえてきた声にそちらを見やる。
｢え？大我！？｣
思わず声に出した名前に反応したのは
｢は？｣
田中だった。
｢え？なんでここにいんの？｣
私の問いには答えずに大我はニヤニヤと田中に近づいて上から下までジロジロと眺めている。
急な展開にパニックであたふたする私とは正反対に田中は何一つ顔色を変えずにただ私を怪訝な顔で見つめてくる。
｢え、お前急にどうした？｣
｢はい？｣
初めましての人間を警戒する犬のごとく田中の周りをウロウロとする大我なんてまるで見えていないかのように田中は平然と私に話しかけてくる。
｢大我？って誰？｣
そう言ってパッと私の頬を摘んでいた手を離した。
｢いや、そこに｣
｢は？｣
ちょっと待ってなんだこの違和感。
確かにそこに存在しているはずの大我には目もくれず様子のおかしい私を心配そうに見つめてくる田中の横で
｢イケメンじゃん｣
大我はニッコリと笑った。
その笑顔に少しだけ背筋が凍る。
もしかして、田中には見えてない、
ってこと？
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作者名：ぽむ | 作成日時：2021年7月25日 12時
