戦国夢物語【短編集】 (ページ1)

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▼日の本一の(真田幸村) ページ1

「どうして、私を置いていったの」

誰もいない、静かな場所。
女が一人でポツリと突っ立っていた。
その目に涙を溜めて。

「幸村、約束したよね？生きて帰ってくるって、そしたらまた、二人で桜を見よう…って…。A、愛している、って」

そこまで言うと、ポツ…ポツと涙が溢れてきた。
Aは泣き崩れる。鼻を啜る音だけがその場に響いた。

泣いても彼は戻ってこない。それは本人が一番わかっている。
だが、涙は止まることを知らず、むしろどんどん溢れてくる。

「幸村の馬鹿。幸村は日の本一の馬鹿者だ」

幸村とは真田幸村のことである。
Aはその幸村と恋仲にあった。

数年前、まだ花は咲いていない、桜の木の下で二人は出会った。

「貴方は……」

「私は、真田幸村と申します。貴方の名は？」

「私はAです。森A」

Aの一目惚れだった。彼の優しく微笑むその姿を見て。

いつしか二人は、城下へ行ったりするようになり、月日は流れ。
出会ってから二年ほどのこと。
幸村の方から、Aに想いを伝えた。

「貴方のことをお慕いしておりました。あの日、桜の木の下で出会った時から」

Aは嘘だと思った。彼が自分に好意があるなど、あり得ない。
幸村の傍に居られるだけで幸せだと感じていたのだ。

だがしかし、断る理由もない。Aは幸村とお付き合いすることになった。

そんな彼ももう、この世にはいない。

武士として、その人生の幕を閉じた。
ただ、愛するAを置いて逝ってしまったことだけが、気がかりであろう。

Aの顔は涙でぐしゃぐしゃ。
そして、その涙は幸村のことを想って流す涙。幸村は幸せ者だ。

いくら涙を流しても、幸村への想いは止まらない。きっと、これからも。

幸村の武勇を、しかとこの目に焼きつけた。
その武勇を彼女は後世に伝えていかねばならない。
そのためにも、今此処で立ち止まってはいけないのだ。

彼女は涙を拭いて立ち上がる。
視界がぼやけるなか、遠くの方に何かが地面に刺さっているのが見えた。
ハッとして全力で走る。

「幸村…。貴方、此処にいるのね」

地面に刺さっていたのは、幸村の愛用していた十文字槍。
幸村のいなくなった今、彼の役目はもうない。

Aは十文字槍を握る。その槍からは、幸村の温もりが感じられた気がした。

「幸村、私も……愛してる。これからも、ずっと」

最後に涙を一粒流して、彼女はその場を後にした。

彼との思い出を、胸にしまって。