アイドルを諦めた君へ

「きらいになんてなれない」 ページ10

チャニの言葉には不思議な力がある。

それは練習生時代からで彼の言葉に私は何度も励まされ、何度も助けられてきた。

それは昔も今も変わらずであんなに悩んでいたのに、あんなに自分を卑下していたのに、あなたからの"好き"で全てを忘れさせてくれる。

正直に言って今の感情はぐじゃぐじゃだ。

彼と同じ気持ちだった嬉しさ、アイドルの彼と付き合う不安、軽率な行動で私の前に現れた怒り、私への気持ちが薄れていってしまうのではないか。

様々な感情が混ざり合い、私の目に透明な膜を張る。やがて耐え切れなくなった膜は破れ、大粒の涙となって溢れ出す。

「わ、たしも…っ私も、チャニが、すき…っ」

それでも私の感情は止まらない。次々と想いが言葉に変わり、あなたに受け止めてほしいと我儘になってしまう。

「アイドルを諦めた私に、こんなことを言う資格なんてないことは分かっているの…でも、やっぱり私は…っ」

最後まで言い切る前に彼から強く抱き寄せられる。言葉がなくても私たちの答えはとうの昔に決まっていたみたいだ。

お互いに視線が絡み合えば、ゆっくりと酸素を奪われる。彼とのはじめては涙の味がした。

何度も角度を変えながら、深い海の底に取り残されたようにお互いの酸素を求め合う。苦しくても、それが嬉しいだなんておかしいよね。

名残惜しく離されたそれはゆっくりと呼吸を整え始める。彼の物欲しげな瞳を知らないフリして私は本題に戻る。

「…チャニ、これからどうするの？」

今、彼らのグループは波に乗ってきている。そんな彼らの邪魔なんて絶対にしたくはない。

「きちんと考えているよ。僕たちのグループはこれからだし、きっとAにはたくさん寂しい思いをさせてしまうし、不安な気持ちにさせてしまうかもしれない」

それは痛いほど分かっているつもりだ。アイドルの彼と付き合うことは相当な覚悟を持たなきゃいけない。

「韓国と日本だとなかなか会えないかもしれないし、普通のデートなんて出来ないかもしれない。君にはたくさん不満を抱え込ませてしまうね」

そんなことはない。私はあなたと同じ気持ちなだけで十分なの。それ以上は何も望まない。

「でも、絶対に僕を信じて待っていてほしい。必ずAを迎えに行くから。誰よりも君だけを想っているよ」
「…私、10年以上も思い続けたのよ？あと10年は待っていられるから」

僕もだよ、と笑い出す彼に私もつられて笑った。
きっとふたりならどんな困難も乗り越えられると信じて。

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