アイドルを諦めた君へ

「のらりくらりと彷徨う君」 ページ5

画面に表示された彼女の名前と電話番号を見返すたび自然に笑みがこぼれる。

「ヒョン、何か良いことあったんですか？」

リノは本当に人のことをよく見ている。それが些細なことでも彼は見抜いてしまう。

「んふふ、聞きたい？」
「………」

アーモンドアイから冷たい視線を浴びせられる。それでも僕の機嫌は絶好調だ。口元が緩みっぱなしのまま視線を画面に戻す。

なんて彼女に送ろうか。また会いたいと言ったら困らせてしまうかな。今すぐAの声を聞きたいよ。

「…ヒョンが嬉しそうでなにより」

僕の耳に届くか届かないか絶妙な声量だが、今の僕にはしっかり拾えた。

リノが唯一、僕が感傷に浸る理由を知っている。それは直接言った訳ではない。だけど察しの良い彼ならきっと練習生時代から僕がAに対して抱いてる感情はお見通しだと思う。

「チャニヒョン！！大変だよ！！！」

控え室にハニの慌ただしい声が飛び込んでくる。いつにもまして真剣な表情の彼を見て肩に力が入る。

「どうしたの、ハニ。そんなに慌てて」
「ヒョンの熱愛報道が出てるよ！？」

は、と力なく声が出た。もしかして真夜中の公園でのAとの写真を撮られてしまったのだろうか。騒ぎ出す心臓を必死に落ち着かせる。

「ほら！！これ！！！」

リノも心配そうに僕の反応を窺っていた。勢いよくハニから見せられた画面には全く見当違いな写真が映されていた。

「…これ僕じゃないよ」
「へ？」

そこには僕の骨格や顔立ち、雰囲気がそっくりな男性ときっと彼女であろう女性が腕を組みながらソウルの街並みを歩いていた。

男性は帽子を被っており、顔全体が見える訳ではない。ぱっと見では僕に見えなくはないが、よくよく見るとやはりただの他人だ。

現にリノも「全然ヒョンに似てないだろ」と指摘してくれた。ハニもまじまじと画面を見つめ直し「た、たしかに」と安堵した表情を浮かべた。

「大ごとになる前に対処しておかないとね」
「…チャニヒョン、冷静だね」
「逆にお前が冷静になりなよ」

リノに鋭い指摘をされたハニは「だって〜！」と拗ねながらリノに抱きつく。そんな二人の様子を見ながらスキジギに報告せねばと腰をあげた。

最近波に乗ってきた僕たちのことを気に入らない人達がデマや誤報を流すことが増えてきた。人気が出るとアンチも増える。人前に出る以上、避けては通れないことだ。

僕たちはそういう世界で生きている。きっとAも理解してくれている、そう自惚れていた。

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