完璧主義者【d!】 (ページ23)

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「A…。準備ええか…？」

「…うん」

私とトントンは台所に仁王立ちしている。私の手には包丁が握られている。

「何してんの」

冷たい視線を送ってきたのはひとらんだった。ちょっとどけて、と言って台所に入り、冷蔵庫からお茶を取り出し去っていった。何をしているのか、返答しそこねてしまった。

トントンが咳払いをし、また真剣な眼差しになる。

「第一回、トントンのお料理教室!!はじまりはじまりっ」

私が真面目な顔で拍手をする。

このような状態になったのは、私が料理が出来ないと告白したことが事の発端である。食器洗いは毎日コツコツとやったおかげでだいぶ上達した。次は料理が出来るようになりたい、というわけである。

一番驚いたのは包丁の持ち方である。いつもの様に持ったら「それは人を殺す持ち方」と言われたのである。食材を切るのと、人を切るの、確かに違うかもしれない。

かなり時間をかけながら野菜を一つ一つ切っていく。トントンは私の様子を見ながら今日の夕食を作っている。

「母親に教えられたりしなかったんか」

少し言いにくそうにトントンが口を開いた。決して作業は止めず、忙しなく手を動かしながら。

「私の母は、ちょっと頭のネジが外れてたからね」

母は美人であった。それはそれは綺麗な女性だった。彼女はその美貌を生かす仕事をしていたらしい。詳しいことは教えてもらえなかったが。

彼女はかなりの仕事人間であった。無理もない、私の家庭は金が無かった。理由は知らない。私が生まれた時から貧乏だった。

彼女の人生の中心には仕事があった。それゆえ家にいないことがほとんどであり、空いた時間で私に教えたのは文字である。

人間、歳を取れば老いてゆく。それは彼女にとって悲惨な現実だった。老いてゆき、美貌を無くせば彼女は仕事を無くす。生きがいが無くなるのだ。彼女は美を求めた。そして彼女は壊れた。

トントンは静かに話を聞いてくれた。

「いっ」

話しながら切っていたため、自分の指までも切ってしまった。私の声を聞いたトントンは急いで救急箱を取りに行き、戻ってきてすぐに指に包帯を巻き始めた。

「こんくらいどうってことないのに…。この間の出血に比べたら」

「あれはあれ、これはこれやろ…」

包帯を巻く彼をじっと見つめる。まつ毛が長い。しばらく前にも思ったが、やはり理想の母親みたいだ。

「トントンが母親だったら良かったのに」

「なんやそれ」

少し照れながら、彼はふにゃりと笑った。