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「ねえ、初恋、だれなの」
沙耶のつぶやくような声を聞き流して、僕は目の前のアクリルの中で泳ぎ回る魚に見蕩れているふりをする。
沙耶は安堵混じりの小さな溜息をついて、僕の隣で同じように熱帯魚を眺めた。
僕が誘った水族館で、沙耶は僕より緊張しているように見えた。いつもよりやけに落ち着いて、静かで、魚みたいだった。
イルミネーションのイベントがちょうど行われている館内は暗く、水槽たちだけが、宇宙で呼吸する星みたいに異様に美しく煌めいていた。
僕は暗がりの中で、沙耶の横顔を見つめる。エンゼルフィッシュに気づいてもらおうと指でプラスチックをつついている細い指とか、その幼さを滲ませる視線とか、膝丈のスカートから伸びる脚とか、上着のすこしほつれた裾とか、そういうものを見つめる。
綺麗だ、と思った。沙耶に恋をしているから綺麗に見えるんじゃなくて、綺麗に見えるからこの慕情があるのだと錯覚するくらいには沙耶は綺麗に見えた。否、錯覚ですらないのかもしれないけれど。
僕の視線に気づいた沙耶が、ん、と小さな声を漏らして小首を傾げる。そのまま僕はその頬に、おもむろに、まったく流れるようにすべらかに右手を添えて、そして、目を丸くした沙耶が何か言う前にその口をキスで塞いだ。きらびやかな水中で舞う魚が、静かに僕らを見ていた。
「沙耶だよ」
/みじかい会話と魚
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作成日時：2016年7月28日 23時
