俺たちが子どもでいられたあの夏の日 IV【BANANA FISH】 (ページ19)

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手術室の前に立ち止まって出てきた担当医の話を聞く4人の後ろの曲がり角に立ち、ギリギリ声が聞こえる距離まで詰めた

「傷は腹膜に達していました。普通は助かりません
一見華奢に見えるが、よく鍛えられたハガネのような体ですよ」

「じゃ、助かるんですね!?」

「……あとは、本人の体力次第です」

ストレッチャーで運ばれていくアッシュの姿を見て、俺は静かに歩いていく
集中治療室に運び込まれたアッシュが窓ガラス越しに見える

たくさんの管や酸素マスクをつけて苦しそうにしている

腕を組んで壁にもたれて見つめているだけで、何もしてやれないことがもどかしく感じる
最高の医者を手配してやることすらできない。まず、俺の身分からして闇医者になるだろう

『ごめんな』

たった一つのその日本語は、アメリカでは不自然に溶け込むばかりだった

1時間ほどその場で立ちっぱなしでいると、「叶兎」と俺にコーヒーの入った紙コップを差し出してきた大和がいた

『サンキュー』

「おう」

ホットコーヒーを口にしながら俺は黙っていると「今、由嘉から連絡があった」と大和が俺に視線を向けずに口を開いた

「ゴルツィネと旦那様が帰国する」

『………そっか』

「あの悪趣味なジジイどもが、重体で動けないアッシュを知ったら…」

『確実にこの絶好の機会を逃すわけないだろうな…』

ズズズと飲み込んでいくコーヒー
大和は「どうするんだ？」と聞いてくる

『どうもできねえよ…俺は医者じゃない』

「…………見捨てるのか？」

『言い方。見捨てるんじゃない。医学は俺の専門外だ。ここでアッシュを移動させて俺の屋敷に匿ってもいいが、それに対して呼ぶ医者は闇医者ばっかりだ…
アッシュは、今ここにいることの方が安全だ』

「………お前やアッシュに生きられてちゃ困る奴らは五万といる」

『そうだな』

黒い液体を全て飲み切った俺は紙コップをゴミ箱に投げ捨てる

『アッシュの意識が戻ったら教えてくれ。一旦屋敷に戻る』

「車を」

『いいって』

手を振ってその場を後にする

「…お前は本当に、とことん損な役回りだな」

大和が飲み干した紙コップをグシャリと握り潰していた