第百七話:飢えた吸血鬼 ページ14
結果的に言えばゾロは敗北した。胸に斜めがけの大きな傷を負い、血を流した。
「はぁ、はぁ」
ルフィが腕を伸ばす。ヨサクとジョニーがゾロに向かって駆け出す。ウソップが船を出す。各々が何かをやっている。辺りがざわめいている。されどどれもAの意識には入ってこない。
Aは酷い飢餓状態に陥っていた。
口と鼻を抑える。手から日傘が落ちるが気にしている暇はなかった。食欲をそそる甘い匂いがどんどん強くなる。腔内で唾液が溢れて、腹が鳴る。
「なに、これ」
知らない。こんなにも良い匂いがする血をAは知らなかった。酷い空腹感が吸えと訴えかけてくる。手袋が唾液で湿気っぽい。
まるで獣の様だと残った理性が思った。
とてもじゃないが人がだす声とは思えぬ有様だ。徐々に皮膚が悲鳴を上げた。日光がAを虐める。
「しゃんとしろ吸血鬼」
「むぐっ」
何かを口に突っ込まれ、Aは驚きのあまり口から吐き出そうとしたがそれはできなかった。
「......ほひひり？」
「早く行かねぇと手に負えなくなるぞ」
「ん、ひゃけ」
口に放り込まれたのはおにぎりだった。白い三角形の米の塊。中には鮭が入っている。ちょうどいい塩分にAはおにぎりを自ら掴んで、食べ直す。
「美味しい」
「冷静になれ、てめぇの仲間は餌じゃねえだろ」
「......うん。ありがとうゼフくん」
「君付けすんな」
少しだけ冷静になる。未だ嗅覚がゾロの血の匂いを辿るが、理性を完全に取り戻したおかげで先程までの衝動が和らいだ。
「我が名はジュラキュール・ミホーク
己を知り世界を知り強くなれ！俺はこの先幾年月でもこの最強の座で貴様を待つ。この剣を越えてみよ、この俺を超えてみよ！ロロノア・ゾロ」
「はほへはいはいほうにほほはでひはへるはんへ」
「何言ってんだてめぇ」
「......」
「にしても鷹の目にここまで言わせるとは」
「凄いでしょ」
もきゅもきゅとおにぎりを食べながら、Aは笑う。可笑しいとは思うが、あの世界最強にここまで言わせると思うと誇らしくなるのだ。
「流石......流石？」
首を傾げる。その先に言葉が上手く言えず口をモゴモゴとさせた。おにぎりを口にくわえてそれを誤魔化す。誰に対してかは分からない。
忘れては行けないなにかをやはり忘れているのだろう。
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作者名：U・K | 作成日時：2023年9月12日 2時
