９ 心に刻む ページ10
会話同士の間が空いて、とっても気まずい……。
反らしていた目を、お父さんの後ろ姿に真っ直ぐ向ける。
『私、もうお父さんに迷惑かけない』
父「……本当に。お前はただの金処理機だったな」
『うん……その通りだよ。だから家を出る。お酒飲みすぎないで、体に気をつけてね』
父「っは。よく言うよ。俺に暴力されてんのに関わらず、能天気な事言いやがって」
お父さんは一つ嘲笑いをすると、テレビを消してゆっくりと立ち上がる。
また今日も殴られる…!……当分はここを離れるだろうから、今日くらいは……我慢しよう。
『…っ』
神経を集中させて、いつも通り出来るだけ攻撃を緩和させることだけに専念する。
……すると飛んでくるはずの拳は無く、お父さんは私の前に立ってぶっきらぼうに言葉を吐く。
父「……俺は人間として最低だ。だからさっさと離れろ。んでここより良い暮らししてこいよ。じゃあな」
『……お父、さん?』
今まで合うことのなかった視線が、しっかりとお父さんの視線と合った。思わず目を見開いてしまう。
今なら、今くらいは。感謝を伝えたい。
『今まで男手一人で育ててくれてありがとう。お父さん。……さようなら』
父「……行け」
私は荷物を抱え直して、玄関で靴を履く。私がいなくなれば、お父さんの邪魔者はもういない。……自由に生きてね。お父さん。
そんなことを思いながら、玄関の扉を開いた。
『お母さん。これで、良かったのかな…。天国でお母さんがお父さんと会えるのは先伸ばしになっちゃった……ごめんね』
私一人だけが乗るエレベーターには、返事が返ってくるはずもなく木霊するだけ。
お母さんは私を産んだ後、すぐに亡くなってしまった。だからお父さんは私の事が嫌いだった。愛していたお母さんを奪ったから。
──そんなことないわよ。よく頑張ったね、A。
『……。』
今、お母さんの声が聞こえた気がした。……多分、都合の良いように解釈した妄言だと思う。だけど……ありがとう。お母さん。
エレベーターの扉が開き、少し重い荷物を抱え直して歩き出す。
『よいしょっ、と』
転生してきたこの世界は、前世みたいな惨劇を少しでも失くす。そう、心に深く刻んだ瞬間だった。
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作者名：無名 | 作成日時：2021年1月2日 3時
