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それから時間は過ぎていき、彼、有栖川Aとは完全に疎遠になっていた。もし、彼がデビューしているのならば、いつかは現場で会えるかもしれないと密かに思いつつ仕事を頑張っていた。
「え」
「あ」
そう思っていたある日。
アフレコ現場に行こうと建物内に入って廊下を歩いていると、俺とその場にいた男性が同時に声を上げた。
時間が過ぎても、外見が変わっていたとしてもわかるものはわかる。
「え、榎木さんですよね!?」
「そうだよ」
昔聞いたあの声。目の前にいる彼は、有栖川Aだった。
___偶然か必然か。
「ぼ、僕のこと覚えていらっしゃいますか」
「……誰だっけ」
「えっ」
「冗談。Aくんでしょ?」
「!!」
ちょっと冗談を入れつつ、髪を切ってかっこよくなっている彼を見て変わったなと感じた。しかし笑顔は昔と同じ。
「うぅ……やっと会えたっ!」
嬉しさのあまりに涙目になる彼を見て俺も自然と口角が上がる。
確かにあの日から1度も会わなかったけど……。
「あの後引っ越したんだよね」
「だから会えなかったんですね!?」
原因は10割俺だ。
____
コンビニでアイスを2本買って、ついさっきまで食べ歩きをしていた。
「寒い」
なんでアイスを食べたのだろうと自分の行動に疑問を感じた。外は元々寒いのに、さらに自分で寒くしている。
「アイスごちそうさまでした!」
「いいえー」
隣にいるAくんは元気いっぱいらしいけど。
「……」
「な、なんですか?」
昔のことを思い出し、ふと彼の髪を見る。
「昔は髪長かったなぁと思って」
「あー。妹が髪をいじるのが好きで、妹頼みで伸ばしていたんです」
「そうなんだ」
「でも、かっこいい人間になりたくてバッサリ切りました!」
「Aくんらしいね」
彼曰く、“僕の方が髪質が良かったらしいんです”とのこと。
このことでたくさん喧嘩をしたと聞いてすぐに想像できる。微笑ましい光景だ。
雑談をしながら、家まで歩いていく。普段は1人で帰ることがほとんどだけどAくんとは気軽に話すことができるから良いのだ。
「そういえば、Aくんはどうして声優になったの?」
本当に“そういえば”、だ。あまりこういう話はしないけど、聞きたかった。
「人を喜ばせたい。それだけです」
「!そっか」
短い言葉だけど、納得できた。
本当、Aくんらしくて___“かっこいい”。
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作者名:のん | 作成日時:2023年8月4日 20時