74：いつの間にか涙が出ていた ページ28
今日1日のことについて振り返ったりはする。でも今日は、振り返らずともわかっていた。
「…淳弥さん」
玄関に入った途端、足に力が入らなくなって靴を脱ぐ前に膝をついてしまう。持っている鞄は近くに。さらに財布やハンカチなどは散らばってしまっている。
物音がしてから先に帰っていた淳弥さんはリビングから玄関へと駆け寄る。
「大丈夫？」
「……はい」
彼の手を掴み、ゆっくりと立つことができた。散らばったものは丁寧に拾ってくれて、鞄も持ってくれた。
「…っ」
そして優しく頭を撫でてくる。不意打ちはずるい。泣くのを我慢していたのに、既に泣きそうだ。
「話を、聞いてもらえますか」
「ん」
リビングに入ってソファに座る。深呼吸をした後に、最近のことを話すことにした。
迷惑だとわかっていた。それでも話だけは聞いてほしかった。
「比較、する必要はあるのかな」
「え？」
一通り簡単に話をした。話した後は少し沈黙が続いて、んー、と彼は顔を少し上げて何やら考えているようだった。
「今の話だとAはその彼と比較して、自分は劣っていると思ったんでしょ」
「……はい」
「この世界にはある一定数“天才”は存在する。“この業界”にも」
正面を、テレビの方を見ていた淳弥さんは視線を私の方に向けた。
「天才を目の前にしたとしても、することは一緒」
…あ。駄目かもしれない。
「自分の軸を乱さずに努力することで自分の力は益々発揮できる」
どうしよう。淳弥さんの顔がふにゃふにゃになって見える。自分の唇が震えている。
「自分は駄目だって早く諦めるのが1番最悪。Aはずっと成長し続けてるから」
「…っ！」
今は淳弥さんからの言葉が嬉しくて、あぁ彼の言葉が聞けてよかったと感謝しかない。
「あーあー。可愛い顔が台無し」
いつの間にか泣いていたようで、そっと目元にある涙を指で拭いてくれた。
「正直嬉しかった。俺に相談してくれて」
「…今回も1人で解決しようと思ってた。だけどこのままだとどんどん悪い方へ進んでいる気がして」
「だと思った。もう大丈夫そうだね」
「ありがとうございます」
「え、ちょ、くっつきすぎ…あははっくすぐったいって」
そう言って私は彼に抱きついた。
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作者名：のん
| 作成日時：2023年3月11日 19時
