37:脱力 ページ43
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鉄朗の口角は笑みを浮かべたまま、目はどこか悲しそうで、そんな様子で口を開いた。
「A、俺はお前が好きだ。お前が幸せなら俺じゃなくてもいい、とか思えねえ。大人気ねぇだろ」
くしゃ、と笑う顔は何度も見たことがあるものだった。締め付けられる胸にあわせて、膝の上で拳を握る。隣に座る信ちゃんが、私の拳に自分の手を重ねた。
見た目よりも骨ばった手が拳を包む。そんな私たちを見て、鉄朗が呟いた。
「……お前は進もうとしてんだよな」
鉄朗から笑みが消える。コロコロと表情が変わるのは珍しい。
かと思えば、おもむろに立ち上がり、来た時から持っていたバッグを手に提げた。
『え、か……帰るの?』
「……別れてからずっと、悪かったな。北くん、こいつの事、よろしく頼むわ」
私の頭を雑に撫で、その表情を見せないまま、鉄朗は居間を出ていった。
玄関のドアが開閉する音が聞こえるまで、私はその場から動けなかった。鉄朗を追いかけることが出来なかった。というより、その時、何が正しい行動になるのかわからなかった。
完璧すぎるというのは、別に悪い事じゃないと思う。お互いを高めあえる関係は理想的だけど、どちらかがリードする関係も1つの形。私と彼とで、理想とする形が違っただけだ。
言ってしまえば鉄朗は完璧じゃない。というか完璧な人間は存在しない。でも高め合えないな、と思ったのは本当。鉄朗はいつも私の先にいようとして、その心の内が掴めなくて、ちょっと怖かった。
鉄朗は、本当はずっと、何を考えていたんだろう?鉄朗に反論させないような振り方しないで、正直に話せばよかったんだろうな。
そんなことを、今になって考えた。
私の隣では信ちゃんが、力の入らなくなった私の拳をまだ包んでいる。
脱力した私は甘えるように、信ちゃんの肩に自分の頭を預けた。信ちゃんは何も言わなかった。
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一二三(プロフ) - 月花さん» 切ないの、好物でして……(´∀`) コメントありがとうございます、今後ともよろしくお願いします! (2021年10月1日 8時) (レス) id: 828f66f0f0 (このIDを非表示/違反報告)
月花(プロフ) - なんかいろいろ切ないですね……By恋愛未経験者 (2021年9月27日 6時) (レス) @page39 id: 9a5d2125ff (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:一二三 | 作成日時:2021年7月19日 16時