虚空 ページ16
彼女は、いつでも俺を優先してくれる。
「今度ここ行かね？」
「楽しそうだね。行こう。」
無償の愛、と言うのだろうか。
「なにその格好。俺嫌なんだけど。」
「ごめん、今度から気をつけるね。」
俺は、そんな彼女といると居心地がいい。
「Aは何か食べたいのある？」
「んー…○○くんが食べたいのがいいな。」
それが、彼女の権利を奪っていることも知らずに。
「俺アイツのこと嫌いなんだよねー。Aはどう思う？」
「そうだねー…」
いつの間にか、彼女の首を絞めていた。
「俺はお前の意見が聞きたいの！なんでいつもそう誤魔化すわけ！？」
「私をこうしたのは○○くんじゃない…！！」
「……は？」
「私は、いつも○○くんの機嫌を窺って過ごしてた！どうしたら怒られないか、○○くんが快適に過ごせるか、○○くんに好きでいてもらえるか、そればっかり考えてた。それに従って動いてたら、私の意見なんて必要ないんだって気づいた。反論したら嫌われる。彼女失格って烙印を押されて、○○くんから離れなきゃいけなくなる。それだけは避けたくて今まで過ごしてた。そんな生活してたら、自分の意見なんて持てるわけないじゃん！」
気がつくと、そこにAはいなかった。
「このままだと私が壊れちゃう。」
その時は理解できなかった言葉を反芻する。
決して一人暮らしに大きいような部屋ではないが、いつも居た人がいなくなることで空間が広く感じられる。
隣で絶えず与えられていた温もりはとうに消え去り、彼女の物はおろか、彼女との思い出すら出て行ってしまったように感じられる。
泣いて喚いて謝ったって、現状は何も変わらない。
俺はAを大切にできなかった。
俺はAにフラれた。ただそれだけ。
たったそれだけ。
過ぎ去った戻らない思い出に、帰ってこない温もりに、俺はまだ縋っている。
真昼の月の静けさに 『虚空』
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作者名：名奈 | 作成日時：2021年5月15日 22時
