九左 ページ9
江雪の所為だろうかと、ふと馬鹿げた言葉が脳髄を埋め尽くし、私は平常を装うように口角を無理に上げてやった。蛇口を捻っては注がれる水道水に手を差し出す母親に、一つ絆創膏を渡してから、自然と傷口を見つめてしまっていた。赤黒い真一文字から、所々玉のように血が溢れ出している。然程深く切り込んでしまった訳では無さそうだが、中途皮膚に引掛かる事もせずに呆気無く裂かれていた。近来、母親が砥石を使用している姿は一切見受けられる事は無かったと云うのに。
私の手に掠む母親の手は、如何しようも無い程に冷たく、まるで鋭利な刃物のようで暫くは目を見開いてしまっていた。不意に眺めた台所の俎板に添えられた包丁の刃先に絡まった幾つもの紺青の糸屑に、私は身体を震わせる事しか出来ないのである。
｢……又、あんな夢を見るのかな｣
強張る四肢の筋肉が、捻り上げられるように軋んで痛んだ。抜け落ちない心身の疲労を宥めるように肩を擦れば、多少の気休めにもなった。
*
其れから体育祭の練習で肢体を酷使した際も、似たような痛みが私を蝕んで、母親に頼み湿布を取り出して貰っていたのを思い出す。絆創膏と共に救急箱の中に収納されていた湿布の山に片手を突っ込み、幾つか引き抜いては粗雑に四肢に貼り付けてしまった。単純な性分の私には、其れだけで疲労が段々と抜け落ちて行くような気になれて、適当に夕餉を済ませてしまうと軽快な足取りで自室に戻って行った。
放置した儘の課題を進めようと思考する私を冷めさせたのは、又しても薄暗い空間で淡い光と音楽を生み出すパソコンだったのだ。自室の照明を付け、無言で其れに歩み寄ると電源を落として課題に手を付け始める。揺らぐ集中力の中、如何にか終わらせた課題を鞄に詰め込むと、ベッドから遠ざけるようにパソコンを移動させて携帯画面に全神経を集中させた。ヘッドフォンを装着し、布団で身を囲む。傍らに砂糖や牛乳を大量に混ぜ込んだ珈琲を置き、何が何でも
何故今迄思い付かなかったのだろう。悪夢を避けたければ睡眠を摂らなければ良い。ゲームのイベント攻略の為となれば徹夜も厭わないと云うのだから、苦と感ずる事も無いのだ。
｢チャット仲間とか、動画サイトで時間潰すしか無いよね……。明日は数学も無いし、居眠りせずに済むし良かった｣
鳴り出した耳鳴りを遮るようにして、私は傍にある枕に凭れながら大音量の音楽を耳元で流し続けた。
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コウ(プロフ) - 卯月さん» コメントありがとうございます！何度か読み返して、描写が上手く伝わっていないのではと不安に思っていたので、その言葉を見て安心しました。次作も頑張って更新進めたいと思います！ (2017年10月1日 23時) (
レス) id: bfc9344f18 (このIDを非表示/違反報告)
卯月(プロフ) - 面白かったです！描写が丁寧で、凄いなーとか思いながら読んでました！次作も頑張ってください！！ (2017年10月1日 23時) (レス) id: 58c246c3a9 (このIDを非表示/違反報告)
不知火 - はいっ!大丈夫です！更新頑張って下さい！ (2017年6月28日 22時) (携帯から) (レス) id: 0a98efea53 (このIDを非表示/違反報告)
コウ(プロフ) - 天宮さん» 前作からコメントありがとうございます！更新なるべく早く出来るように頑張ります！ (2017年6月25日 23時) (レス) id: 2e6af04341 (このIDを非表示/違反報告)
天宮 - うおおおおおお！新連載ですね！いつも楽しんで読ませて頂いてます。更新頑張って下さい！ (2017年6月25日 23時) (レス) id: 571fb048dc (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：コウ | 作成日時：2017年6月16日 0時
