31話 ページ34
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新開さんが前に向き直り、私からは彼の顔は見えなくなる。
「今日のミーティング、聞いたろ?来週からの組別トーナメント戦。もうインハイの季節なんだよな」
ゆったりとした話し方。
この新開さんの話し方は、いつも私を安心させてくれる。
「はい。聞きました」
楽しみですね、と続けるか迷って、やめた。
少なくとも新開さんのこの雰囲気は、純粋にインハイが楽しみなわけではない。
「…俺、去年のインハイメンバーに選ばれてたんだ」
ほんの少し、新開さんがスピードを上げた。
もうすぐ登りだ。登りでスピードが落ちる新開さんの、最後の足掻き。
私もそれに続いてスピードを上げ、そうなんですね、と声をあげる。
「箱学で2年でメンバーってすごいです!」
去年のインハイに箱学ジャージを着た赤髪がいたか思い出そうとして、それからすぐにやめた。
正直箱学が優勝した、という結果しか覚えていない。
「ありがとう。…でも俺、インハイ自体は走ってないよ」
静かな声で、新開さんが話を続ける。
あんまり驚いた声をあげるのも失礼な気がして、思わず言葉を飲み込んだ。
メンバーに選ばれたのに走ってない?補欠ってこと?
「…えっと、どーゆうことですか?」
去年補欠だったから今年メンバー入り出来るか不安ってことだろうか。
…そんなことで新開さんが私を誘う?
困惑しながら新開さんの背中を見ていると、彼は小さく呟いた。
「辞退したんだ。インハイ走るの」
その言葉が理解出来なくて、思わずペダルを踏む力を緩める。
──インハイメンバーを辞退、なんてそんなこと。
私のスピードが落ちたせいで、新開さんの背中が遠くなる。
それに気付いた新開さんが振り返り、足を止めた。
「直前のレースで俺さ、ウサ吉と出会っちまったんだよ」
へらり、いつもみたいに新開さんが笑う。
全然そんなはずはないのに、私の
「ウサ吉、ちゃん…?」
4月、新開さんとウサ吉ちゃんに餌をやったときのことを思い出す。
ウサ吉ちゃんとの出会いを彼は、色々あって、なんて言って誤魔化した。
──レースで出会った、なんてそんなの、普通の出会い方じゃないに決まっている。
「…Aちゃん、俺のこと嫌いになるかもしれない。それでも聞いてくれるかい?」
不安げにそう言った新開さんに、私は大きく頷いた。
──私が新開さんを嫌うなんて、そんなことありえない。
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暁☆(プロフ) - 断然ポカリ派民さん» コメントありがとうございます!嬉しいです(*^^*) (2020年9月23日 17時) (レス) id: f1423fd483 (このIDを非表示/違反報告)
断然ポカリ派民 - ヤバい葵ちゃんタイプ (2020年9月10日 21時) (レス) id: 60ae0496f5 (このIDを非表示/違反報告)
暁☆(プロフ) - 断然ポカリ派民さん» すみません、ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです (2020年8月29日 5時) (レス) id: f1423fd483 (このIDを非表示/違反報告)
断然ポカリ派民 - まだかな♪まだかな♪ (2020年8月28日 21時) (レス) id: 60ae0496f5 (このIDを非表示/違反報告)
暁☆(プロフ) - 断然ポカリ派民さん» ありがとうございます(´˘`*)更新早く出来るように頑張りますね! (2020年8月16日 5時) (レス) id: f1423fd483 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:暁☆ | 作成日時:2020年5月1日 0時