016 Hokuto ページ17
＊
振り返れば、大きなそのキャンバス越し、
くるんとした大きな黒い瞳が、俺の眼を捕らえる。
その瞳に俺だけ写したい、と、何回願ったことか。
不思議そうな顔で首を傾げる、
...君をそのまま、抱きしめてしまいたい、とか。
『朝凪、ですか、』
「うん」
『聞いたこと、ないです』
この時間よりももっとずっと早い、
夜と朝が入れ替わる、まさしく夜明けのとき。
夜に吹く陸からの風と、昼に吹く海からの風の、
その風の入れ替わりの一瞬だけ、
風がぴたりと止む時間がある。
海が、穏やかに、優しくなる、ほんのひととき。
長い夏の1日の、静かな幕開けの瞬間。
「夕方の入れ替わりは、夕凪って言うんだけど。
時間が違うだけで、同じような景色のはずなのに、
俺は朝凪の瞬間の方が好きなんだよね」
『...へえ、』
「何か、心が洗われるみたいなの。
世界中に、海と自分、それだけしかない気がする」
『海と、自分、』
「世界が全部自分のものになったみたいな、
...なんていうか、上手く言えないんだけど。
朝の海でも、朝凪の瞬間って特別なんだよ」
少しずつ、赤く青く染まっていく空の色を眺めて、
まるで生まれ変わったような気持ちになれる。
そんな時間がすごく好きで、よく早起きしては、
海辺まで足を運んだ学生の頃。
...今思うと、高校生でこの街にやってきて、
故郷に戻ることだってできたのに、
ここに居続けることを選んだのは、
あの海や空が、
俺の心を離さなかったからかも知れない。
＊
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作者名：りり | 作成日時：2019年9月1日 20時
