3 煉獄家の女中が素直になれない理由【煉獄杏寿郎】 (ページ36)

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ー杏寿郎sideー

5年前の俺は

口には出さなかったものの、

彼女との距離が広がっていくことを

うまく受け止められずにいたのかもしれない。

彼女が俺と目を合わさなくなった日。

スキンシップを拒絶するようになった日。

敬語しか使わなくなった日。

彼女には何も聞かなかったし、

聞けなかった。

だから俺は、

心のモヤを晴らすために

無心でここで

竹刀を振るっていたのかもしれない。

そんなことを思い出していると、

ザバン

と水が溢れ出る音がする。

思わず手を止め振り返ると、

浴室の窓から湯気が噴き出していた。

そうか。

Aが湯船にいるのか。

杏「………」

そう思うと、

また色々な煩悩が頭をよぎるので

俺はすぐに素振りに戻る。

何も考えるな。

Aのことではなく

目の前の竹刀にだけ集中しろ。

心の中で何度そう唱えたかわからない。

気がつけば、

すっかり身体中が汗ばんでしまっていた。

額の汗を拭い、息を整える。

杏「……熱いな」

思わずそう口にした時だった。

鬼の気配が舞い込んでくる。

まずい、と

俺は竹刀を握ったまま

草履でその地を駆け出した。

 
屋敷の屋根に飛び乗り、

周辺を一気に見渡す。

気配を察知した時には

鬼は遠くにいたはずだったが、

今は速いスピードで

こちらに向かってくるのが分かる。

『竹刀で鬼に致命傷を負わせることはできるのか』

そんなことを考える余裕も、

勿論格納庫に日輪刀を取りにいく余裕もなかった。

月夜に照らされた鬼が、

真っ直ぐにこちら目掛けて

飛んでくるのがはっきりと見える。

なるほど、鬼狩りを標的に来たのか。

意思がある鬼だと分かる。

俺は覚悟を決め、竹刀を握り直した。

杏「炎の呼吸」

いつものように、声を出す。

この屋敷の者は

誰一人傷つけさせない。

それはもう、絶対条件だった。

吸い込んだ夜風は

秋の匂いがした。