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5年前
―Aside―
やはり前方から近づいてきていたのは
杏寿郎だった。
竹林から姿を現した彼の
まん丸い瞳に
私が映る。
絶句した。
絶句とはこう言うものなのかと知った。
頭に何も言葉が浮かばないのだ。
…彼は、
今までに見たことがないほど
重傷だった。
どこが傷口なのか
瞬時には判断し難いほどに、
体のあちこちで
流血がうかがえる。
右腿の傷から、
徐々に皮膚が腐敗しているのが
破れた隊服の隙間から見える。
おそらく猛毒の影響に間違いない。
あれでは
思うように地に体重を乗せることもできないだろうに。
それから左腕は脱臼しているのか
明らかに不自然な位置にまで落ちている。
頭部から流れる血が両目に入り、
視界も悪そうだ。
目の前の光景に
頭を真っ白にさせていると
彼が刀を再び両手で握りしめるのが見えたので
ハッとした。
杏「Aを返せ……」
フラついた足取りで
彼がこちらに来てしまう。
A「杏寿郎!!
動いちゃダメ!!!!」
杏「Aは俺が守る!!!」
私の声は一切彼に届くことなく、
再び彼の刃に炎が纏う。
これじゃだめだ。
私が鬼から捕まっている以上、
彼は止まってくれない。
背後から私の髪を掴む
鬼の手から離れようとするも、
力のない私ではどうにもならない。
『―炎の呼吸、奥義―』
世界で一番愛しい人が
壊れてしまう。
A「杏寿郎ダメ!!!
それ以上動かないで!!!!」
そう思った私の手は
自然と着物の懐へと伸びていた。
そこには
もしもの時のために、と
杏寿郎がくれた果物用ナイフを潜めてあった。
果物用ナイフを着物の懐から取り出した私は
迷うことなく自身の髪を切った。
あっけなく鬼の手から
私の身体は離れ、
その反動で身体は勝手に前進する。
同時に
5年ほど大事に伸ばしてきた私の髪が
音も立てずに舞い散っていく。
A「杏寿郎っ……」
そんな事を気に留める暇もなく、
私は一心不乱で彼の胸へと飛び込んだ。
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作者名:わたあめ | 作成日時:2021年5月4日 20時