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―Aside―
小さな木箱に詰められた洗剤。
私はそれを手に取って
匂いを嗅ぐ。
金木犀のような甘い匂いがした。
屋敷を後にした私と杏寿郎は
予定通り、
家路の最中に洗剤を選んでいた。
日が沈むと同時に、
人通りは少なくなる。
客足が弱まった店の、その外で
彼は私を待ってくれている。
杉の木で作られたその木箱は
優しい手触りでどこか安心した。
A「お待たせしました」
お金を払い終えた私は、
そのまま彼の元へと足を急がせた。
変わりない笑顔で迎えてくれる彼に
ほんの少し照れると
いつも以上に胸の奥が痛むのを感じる。
私の内側にまだ残る5年前の記憶が、
彼の瞳を見ることを拒んだ。
すると、
いつものように温かくて
それでいて分厚い彼の手のひらが
私の頭に優しく触れる。
杏「疲れたんだろう。
屋敷に戻れば、何もせず横になるといい。
父上と千寿郎には俺から伝えておく」
なぜ彼はこれほどまでに優しいのか。
素朴な疑問だった。
突然冷酷になったと思えば、剣術を始め、
美しさのかけらも無くなった
身分の低いこんな私に。
彼はどうしてここまで優しいのだろうか。
その優しさが心に沁みて、今は痛い。
底のない愛情に溺れそうになるから苦しい。
過去は過去だ。
過去は過去にあるからこそ正しい。
無闇に掘り返したところで
そこにあるのは空っぽな時間だけだ。
あの時私は大人になった。
しっかりしなければならない。
この瞳を見つめ返してはいけない。
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作者名:わたあめ | 作成日時:2021年5月4日 20時