その紳士、策士につき。 ◎ ページ5
河村side
今日は本当に少しだけ、虫の居所が悪かった。
企業とのタイアップ動画の納期がいくつか迫っており、今日中にそれらを全て片付けようという方針に先日の会議でなっていて。
自分を含めた動画プロデューサー陣は朝イチから出社し、結局その作業は終業時間まで続いた。
疲労はもちろん、最近の仕事詰めの生活からストレスも当然溜まっていたのも自覚があった。
だから、あんな光景を見たら多少苛立つのも仕方がない、と自己弁護しておくことにする。
事は、昼どきのオフィスで起こった。
10秒でチャージする例のアレを片手にPCからのブルーライトを浴び続けていたとき、聞こえたのは彼女と伊沢の声。
伊沢「Aちゃん、ちょっといい?」
A「はい」
伊沢「スケジュールなんだけどさ、この日…」
大きなホワイトボードにびっしり書かれた、今月の会社のスケジュールの前で話す2人の姿がちらりと視界に映った。
A「あ、じゃあこの撮影はこっちで…」
伊沢「そうだね、…」
伊沢の話を聞いたAちゃんがホワイトボードの予定を書き換えていく。相変わらず綺麗で読みやすい字だ。
伊沢「あ、あとこれさ…」
そう再び話し始めた伊沢が、Aちゃんの背後から腕を伸ばして日付を指し示す。
2人の距離は存外近く、小柄な彼女はホワイトボードと伊沢との間にすっぽり収まる形になった。
A「先方に確認とってみましょうか?」
伊沢「いい?お願い」
彼女はなんでもないようにそのまま笑顔で伊沢を見上げ、伊沢も緩く微笑んでお礼を言いながら彼女の頭を撫でる。
オフィスが満遍なく見渡せるという理由でこの席を気に入っていた自分を、これ程までに憎んだことはない。
意図せず見えてしまったその光景は、僕の目にやけに焼き付いて離れなかった。
同じ感情を向ける者同士だからこそ感じ取ってしまう、彼女のことが愛しくて堪らないという視線。
そしてそれに気付かず、けれどあの距離まで近付いても許される程に心を許して安心を覚えている笑顔。
2人のそれが、仕事の疲れから荒んだ、余裕のない自分の心にはぎしぎしと歪に絡んだ。
福良「河村?どうした?」
河村「…や、別に」
手の止まっていた僕に声を掛けた福良は、そう問いながらもきっと気が付いていて。
悪足掻きのように平静を装って返事をして、いまだ仲良く話し続ける2人を視界からシャットアウトした。
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ふかさ - お姉さまお知らせありがとうございます。更新を待っている内に色々あり全然読めていなかったのですが、このお話(秘蔵っ子ちゃんシリーズ)が大好きで約1年ぶりに読みにきたので今更になってしまいました。ゆきみ。さんの書くお話が大好きです。ご冥福をお祈りします。 (2023年4月12日 23時) (レス) @page13 id: d761253360 (このIDを非表示/違反報告)
猫さくらもち - そんな、、、この物語は私も心を大きく動かされた作品です。精神的にも悲しく、辛い中、お姉さまも伝えてくださりありがとうございます。どうか、ゆきみ。様のご冥福をお祈りします。 (2022年7月23日 8時) (レス) id: f692ce80b7 (このIDを非表示/違反報告)
アリアッテ(プロフ) - 素敵な方だったからこそこんなにも素敵な物語が書けたのだと思います。この作品に出会えて、ゆきみ。さんに出会えて幸せです。お姉様も心を大きく動かすような出来事で心身共にお疲れになっているであろう中、ご報告をありがとうございました。ご冥福をお祈りします。 (2022年7月20日 22時) (レス) @page14 id: 3aa37d57cc (このIDを非表示/違反報告)
さっちい(プロフ) - 素敵なお話をありがとうございました。と、妹さんにお伝えください。もっと読みたかったなぁ、と思うので過去作品をまた全部読み返そうかと思います。ご冥福をお祈りします。お姉様、無理をなさらず。 (2022年7月11日 6時) (レス) @page14 id: 9d4614c4da (このIDを非表示/違反報告)
あゆ(プロフ) - とても家族思いで優しい妹さんだったんですね。お姉様からの文章からとても伝わって来ました。ご冥福をお祈りします。長文失礼しました… (2022年7月11日 1時) (レス) @page14 id: 8c9909d177 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ゆきみ。 | 作成日時:2021年8月14日 17時