5-10 ページ23
あそれはそうだけど。答えながら私は、手近なメモに、ぐるぐる模様の落書きをした。そうでもしないと、自分でもよくわからない苛立ちや悲しみで、心がぐちゃぐちゃになってしまいそうだった。
「とにかく、もう入籍したんだし、今さらグチグチ言われたって困るのよ。あと、引っ越すことになったから、あなたの私物を全部取りに来てくれない? もう子供じゃないんだし、卒業後はひとり暮らしするでしょう?」
***
あなぎ倒すように任務をこなして休日を作った私は、特急電車から駅に降り立ち、駅から直通の地下鉄に乗って、実家のアパートへ向かった。
あ私と母が住んでいたはずの部屋には、ちがう表札がかかっていた。間違えたかと案じたが、すぐに母の新姓だと思い至って、私はしばらく、その場に立ち尽くしてしまった。
「ただいま」
あ玄関で靴を脱ぎながら、真っ暗な廊下に向かって言ったが、人の気配はない。リビングに足を踏み入れて驚いた。私が掃除をしないと母の持ち物が部屋じゅうに散乱していたリビングは、きれいに片付けられ、ベランダには、洗濯してまだ湿っている服が、ハンガーにかけて干されていた。
あーーそういえば、昔の母は、家事のできる人だった気がする。
あ荷造りをしていると、意志と関係なく記憶が甦り、私は何度も手を止めなければならなかった。
あ子どもって金がかかるのね、と愚痴をこぼしつつも、どこから資金を調達してきたのか、ランドセルや制服といった、学生生活に必要なものはさらりと買い
あ入学式や授業参観には一度も来なかったけれど、上機嫌で仕事から帰ってきたある夜、私がゴミ箱に捨てた満点の答案用紙をわざわざ拾い上げて、「やるじゃない」と頭を撫でてくれたこと。
あ母は、子どもらしい可愛げがなかったであろう私の面倒を、なんだかんだ言ってもきちんと見てくれた。
あ学生寮への発送準備を済ませて、不要物を捨てようとしたとき、ゴミ箱に私宛ての郵便物を見つけて、私は、転居届の転送期間が過ぎていたことを思い出した。
あどうせなら諸届の変更をしておこうと思い立ち、市役所や銀行で手続きを済ませた頃には、すでに日が暮れていた。
あーー17歳って、世帯主になれるんだな。
あ高専への帰り道、私の名前だけが書かれた住民票を見て、ぼんやり思う。
227人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ひよこまる(プロフ) - えりんぎのバター炒めさん» コメントありがとうございます! 二人旅のシーンは、構想段階からどこかに差し込もうと思っていた場面なので、お褒めいただきすごく嬉しいです。一番書きたいシーンまで上手く辿り着けず焦ることも多いですが、ご期待に添える作品になるよう、頑張ろうと思います(^^) (5月7日 7時) (レス) @page37 id: 8ac964ebff (このIDを非表示/違反報告)
えりんぎのバター炒め(プロフ) - 心を療養する夏油さんと夢ちゃんの2人旅がすごく素敵です。とても引き込まれる作品で、2人の苦しさが身に染みます……。続き楽しみにしています! (5月7日 0時) (レス) id: 61116f8e5d (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:ひよこまる | 作成日時:2024年3月24日 21時