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「夏油君」

声をかけると、彼はゆっくりと視線を上げた。その顔色は、幽鬼のように白い。

「竹之内か。なんだか久しぶりだな」
「うん。忙しくなったよね、お互い」
「そうだな。来年からはもっと忙しくなる」

夏油君はため息をつくと、膝小僧の上に片肘をつき、その手で両目を(おお)うようにうなだれた。仕草の全てが、いつになくだるそうだった。

「大丈夫? どこか悪いの?」
「大したことじゃないよ。朝から少し、頭痛がして」

夏油君はこれまで、どんなにハードな任務のあとでも、寸分違わず身なりを整え、誰にも疲れを悟らせなかった。相変わらず任務は完璧にこなしているようだったけれど、明らかに暗い様子を目の当たりにして、さすがに疲れが出て、身体も精神も不安定になっているのかもしれないと思った。

「そう。今日はもう休めるの?」
「いや、これから任務なんだ。もう少ししたら行くよ」

絶対にやめたほうがいいと思ったけれど、私の実力では、夏油君の任務を代わりに引き受けることも、休んじゃいなよと安易に助言することもできない。

「五条君を、呼んでこようか? 部屋の電気が点いていたから多分いるだろうし、もしかしたら代わってもらえるかも、」
「やめてくれ」

拒絶といっていいほど強い語調で(さえぎ)られ、私は驚いて口をつぐんだ。だけど私以上に、夏油君の瞳が、動揺して揺れているのが見てとれた。

しばらくの間、沈黙が横たわった。

しとしと。雨の流れる音が激しくなる。

「すまない。急に大きな声を出したりして。やっぱり疲れてるみたいだ」
「ううん。こちらこそごめん」
「竹之内が謝る必要はないよ。……悪いけど、ひとりにしてくれないか」
「わかった。くれぐれも無理はしないでね」
「ありがとう」

私は廊下を引き返して、曲がり角を曲がる直前に、こっそりふり返った。夏油君はベンチに腰掛けてうなだれたまま、じっと、私にはわからない何かに苦しんでいる。やがて洗いざらしのTシャツを着た彼は、頭の高い位置で結んでいたマンパンを鬱陶しそうに(ほど)き、私とは反対方向へ歩いていった。

私たちは室内にいるから、雨に打たれるはずがないのに、彼の全身は、ぐっしょりと濡れて沈んでしまいそうに見えた。

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ひよこまる(プロフ) - えりんぎのバター炒めさん» コメントありがとうございます! 二人旅のシーンは、構想段階からどこかに差し込もうと思っていた場面なので、お褒めいただきすごく嬉しいです。一番書きたいシーンまで上手く辿り着けず焦ることも多いですが、ご期待に添える作品になるよう、頑張ろうと思います(^^) (5月7日 7時) (レス) @page37 id: 8ac964ebff (このIDを非表示/違反報告)
えりんぎのバター炒め(プロフ) - 心を療養する夏油さんと夢ちゃんの2人旅がすごく素敵です。とても引き込まれる作品で、2人の苦しさが身に染みます……。続き楽しみにしています! (5月7日 0時) (レス) id: 61116f8e5d (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:ひよこまる | 作成日時:2024年3月24日 21時

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