た こ や き 前編

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「変じゃない？」





「変じゃない。」






１９世紀のフランスの哲学者
ポール・ジャネさんが発案した法則では
生涯のある時期における時間の心理的長さは
年齢の逆数に比例すると言われている。




まあ簡単に言えば、
大人になれば体感時間が短くなるという事だ。





「…やっぱりワンピースにしようかな？」




「今の服装、凄く似合ってるよ。」






あっという間にやって来た顔合わせの日、
二週間なんて体感的には三日ぐらいに感じた。
両親に会うのは八年ぶりで、変に緊張してしまい
何度も全身鏡で身だしなみを確認してしまう。






「両親に会うだけなんだから
　変に緊張しないでリラックスしたらいいよ。」






いつも無表情の照くんは
落ち着かない私の様子が面白いのか
口元に拳を近づけて笑いを堪えている。




「そうできれば無理はないけどさぁ」




「Aさん、こっち向いて。」






いつまでたっても落ち着きのない様子に
照くんは痺れを切らしたのか私を呼び留めた。
目の前でこんなにグダグダ言い続けられたら
嫌になるのも仕方ないと反省しつつ振り返ると
大きな掌が頭の上にポンと乗せられた。





「今日のAさん、とっても綺麗だよ。」





屈んで私と目線を合わせ、
いつも以上に真剣な表情で言うものだから
ついつい惹き込まれそうになる。




お世辞だとわかっているのに
勘違いしてしまいそうになる。




「こんな素敵な婚約者がいたら、鼻高々だよ。」




「お世辞が上手だね。」





この年齢で取り返しのつかない勘違いは避けたい
照くん、笑顔は少ないけれど顔は整っているし
きっと女性に慣れているんだろう。





「本心なんだけど。」






気を悪くしたのか
表情が強張っていて目を逸らしてしまう。
これから親が来るのにこの雰囲気はまずい
素直に照くんの言葉を受け取れるような
純粋な可愛さを持ち合わせていればと頭を抱える。






「あの…私そういう風に褒められたことないからさ
　冗談なのかなって思って、その」





「Aさんは、」








照くんが何かを言いかけた時
家の中にインターホンの音が鳴り響いた。
私に似て両親はタイミングが悪い、
それをよりにもよってこんなタイミングで発動するなんて
幸先の悪いスタートに肩を落とした。

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