とにかく一発殴らせろ。 前編

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＿you side＿



「あれ、一人って珍しいね。」



昨日から始まった辰哉のいない生活は
気楽なものだと思っていたけどそうでもなかった。
癖づいてしまった夕食の準備をしてしまったり
脱ぎ捨てた服や出しっぱなしのお茶、つけっぱなしのトイレの電気
そんな毎日のようにしていた辰哉の後始末をしようとしては
あ、今はいないんだと我に返って虚しさが押し寄せてくる。



「昨日から旦那を預かっててもらってて…。」



「じゃあ少しは気が楽になった？」



「いつも遅くに帰ってきてたから
　一人でいることには慣れてたつもりなのに
　なんか寂しくなってきてさ。」




「たとえ遅くても帰ってくるってわかってたからじゃない？」



宮舘くんにそう言われてハッとする。
この得体のしれない寂しさの正体がわかって
少し気が楽になりお酒を注文すると
美味しそうなおつまみと一緒に差し出された。



「これ…」



「今度新しく出そうと思ってるメニューなんだ
　よかったら感想聞かせてよ。」



「嬉しい、ありがとう。」



一口食べるとほんのり香る柚子胡椒の匂いが鼻を突き抜けて
あまりの美味しさにビールが進む。



「私もこれだけ美味しい料理が作れたら
　辰哉は少しでも食べてくれたのかな。」



「…食べてくれなかったの？」



「最初は美味しいって言いながら食べてくれてたんだよ？
　でも段々食べるけど感想は言ってくれないし
　美味しいの？不味いの？って不安になってって
　ついには作らなくていいなんて言われて。」



最初は凄く不安で、
次第に美味しいの一言ぐらいないのかと怒りの方が大きくなって
冷静になった今は私にも悪いところがあったのかなと思ってしまう。



「Aさんは何も悪くないよ。
　旦那さんは作る大変さがわからないんだね。」



「そうそう、何なら俺が稼いだ金でーとか言い出して
　私を専業主婦にするだけの金稼いでから言えよって。」



「え、専業じゃなかったの？！
　家事とか全部やってたんでしょ？」



「専業だったらこんなに文句言ってないよ」



今だから笑い話にできるけど
言われた当時は辛くて、消えたいって思う時もあった。
好きな人から冷たくされるのは
きっとこの世で一番辛いことだから。



「辰哉はこの苦しみに一か月耐えきれるのかな。」




あの日の辰哉の言い分が本心なのはわかっている、
だから今は私の気持ちがわかるまで
沢山悩んで、沢山苦しんでほしい。




これは私からの浮気の制裁だ。

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