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Meguro side
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撮影が来週から始まるらしい、スタジオでの練習は今日が最後らしい。
その噂を聞いて、仕事の帰りに見学に行った。
これからあのAくんの輝きが映像に収められ、全国で放映されるのだと考えたら、何故だか自分までも嬉しくなってしまったから。
スタジオに行って、やっぱりげんなりしたのは事実だけど。
「来週から撮影始まるの。こんなにレッスンしてやったのに、それでもまだこの出来ってどういうつもり?やる気無いの?練習もしてないでしょ」
『……して、きました』
「嘘でしょ、そんなの。口先だけでは何でも言えるけど、この体たらくが現状だよ」
『来週からは、もっとうまく出来るように、準備してきます』
「君さ、俳優の仕事だってこれじゃ最悪も同然だし、ダンスも出来ないんじゃ居場所なくなるよ?」
『……っ、』
「全部出来ないじゃん、出来ることって何がある?逆に教えてくれるかな」
『………努力が、足りませんでした』
「全くだよ、来週は精々いいとこ見せてよ」
『ご指導ありがとうございました』
何がだ。
あのAくんにあんな口の利き方して、あんなに努力してるのに?
事務所のスタジオで何度も見かけたけど、いつも休むことなく練習してた。
熱中症になりかけて通りかかったスタッフさんに止められた時も。
アクロバットのやりすぎで腰から落ちて、スゴク痛そうにしてた時も。
弱音一つ吐かずに頑張ってたのに?
映画のエンドロールを見ながら、号泣してしまった。
最後の方に小さく自分の名前が入っていたのも嬉しかったけど、それ以上にスクリーンの中のAくんは世界一を目指す高校生ダンサーだった。
そこに葉歌Aはいなかった。
"結城葵" が存在していただけ。
後からマネージャーさんから聞いた話によれば、Aくんは撮影最終日、全身の痛みを訴えて救急搬送、その後緊急手術が行われたらしい。
あともう少し遅かったら、歩けなくなっていたと言われたほど。
よくこの状態で撮影を出来ていた、と言われたほど。
俺がのうのうとこの映画を楽しんでいる間も、気合いだけで空回って仕事をしていた時も、早く舞台に戻るためにAくんは懸命にリハビリに打ち込んでいた。
そんなことを知らずに生きる人生と、今の人生じゃ、天と地の差だろう。
あの時の彼がいたから、今の自分がいるんだと思う。
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作者名:Radu | 作成日時:2021年5月21日 22時