220.エピローグ ページ49
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「綺麗ですね、桜」
吹雪よりも優しい桜の雨。
舞い降りてきた花びら一枚を手のひらに乗せ、
背後にいる人に向かって呟いてみる。
「この桜、千年前からあるそうですよ。
すごいですよね、そんなに昔から……」
千年の間、春が来るたび
千回の満開を迎えてきた桜。
当たり前のようで奇跡的に在る姿。
なんとなくシンパシーを感じてしまうのは
きっとその在り方のせいだろう。
「──そうだ。
私、たくさんやりたいことがあるんです。
春のお花見は達成しちゃいましたけど……
夏には花火、秋は菊のお味噌汁、冬は星。
星空鑑賞はもちろん月のない夜に、って」
それは思い出の重ね塗りかもしれないけれど。
でも私たちにとっては、
とても意味のある事だと思う。
思うのに。
「……ねえ、五条さん。聞いてますか?」
なのに、一向に返事のないそのひとは。
私の背中にくっついて腰に手を回したまま
少しも会話してくれないのだ。
「んー……」
「んーじゃなくて。
あと、そろそろ離れてください。
もうみんな行っちゃいましたよ」
変化のない生返事。
振りほどこうにも私では太刀打ちできないから、
自然に解かれるのを待つしかない。
仕方なく自由な手のひらを返して、
花びらを重力に任せる。
──と。
「それならさ、A」
不意に。
腰にまわされた五条さんの腕の力が少し強くなる。
「もう、どこにも行っちゃダメだよ」
どこか懇願するような響き。
やっと言葉らしい言葉をした声は、
私を微笑ませるのに十分すぎる条件だった。
『なら、きちんと繋ぎ止めておいてくださいね。
どこかに飛んでかないように』
「いいの?」
『いいですけど。その代わり、
私も少しだけ先生の自由をもらいますから』
「少しじゃなくて全部もらってよ」
『嫌です。私に先生を呪わせる気ですか?』
「僕はぜんぜん大歓迎だよ?
愛ほど歪んだ呪いは無いからね」
『あ、それ。先生の持論でしたっけ』
軽やかに笑う。
おどかされたような風が
満開の桜を揺らして通り過ぎていく。
言われなくたって。
他でもない五条さんが許してくれない限りは
どこにも行けないだろう。
わざわざ離れる理由もないし。
『どこにも行きませんよ』
春の訪れに目を閉じて、
呟きに近い声でそう言ってみる。
────今はただ、このひとのそばに。
[ プロポーズされたので呪術師になります・完 ]
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作者名:Sn | 作成日時:2022年2月25日 23時