エスプレッシーヴォ 2【九条天】 (ページ37)

今日:15 hit、昨日:16 hit、合計:62,893 hit

16-1 ページ37

「今日は何を弾くの？」

「そうね…ドビュッシーはどうかしら」

日曜の朝。奏は名の知れたシンガーソングライターで、それ故に多忙だったが、日曜は午後からの仕事が多かった。

そのため、Aは日曜の午前に母親からピアノを教わることがほとんどだった。

この前の日曜日はショパン、その前はエリックサティ、さらにその前はリスト。

知らない曲も多かったけれど、奏が教えてくれるピアノ楽曲はどれも繊細で、Aはピアノという楽器が大好きだった。

楽譜と睨めっこしながら母の奏でるメロディーに耳を傾ける。

いつもと何も変わらない、日曜の午前だった。

父が、焦った様子で防音室に入ってくるまでは。

「あら、どうしたの？」

奏の高くもなく低くもない、柔らかく穏やかな声を今でもAはよく覚えている。

「僕が作った曲が盗作だという噂が業界内で広まっているらしいんだ」

「え……だって、この前自室で作っていたでしょう？」

「ああ、勿論盗作なんてした事はないよ。社長に相談してみる」

Aは幼いながらに両親の焦った声に、何か良くないことが起こっていることを察知していた。