初心で無知なお前に。【短編集】

投身の摩天楼【一条兎万兎】 ページ43

学生時代の修学旅行で初めて東京タワーに上り、街を見下ろしたとき



─────きっとここから落ちれば、確実に死ねるんだうな。



それまで死にたいとすら考えた事も無かったのに、ふとそんな事を考えていた。





＊





「それで、お前の理想の死に方は飛び降りなのか？」



以来私はずっと自分の死に方について考えていた
しかしながら誰かに理解してもらえるとも思ってなかったので、この事は目の前にいる人にしか漏らした事は無い。



「はい。」



私の話を機械を弄りながら 一通り聞いてくれたのは、一条主任。
その事に気を良くした私は、更に話を続ける。



「陽の光と風の冷たさをのんびり肌に感じながら、死にたいですね」



人は飛び降りる時、時間の経過が、ゆっくりに感じるという。
その事実を知ったとき、私の中にこんな願望が生まれた。

あの、昔上った摩天楼に想いを馳せる。
あそこから落ちたなら、きっと一瞬の時間が永久の様に感じられるのだろうなあ。



「はっ、あほらし」



そんな夢想さえも、主任にかかれば一笑に伏されて終わる。
その反応に、ちょっとむっとしてしまう。



「そんな死に方選ぶくらいなら、俺の傍にいろよ」



「…はい？」



一条主任の口許が、愉快そうに弧を描く。
意味もわからずに声をあげれば、いつの間にか機械を弄る手を止めた主任が、また口を開いた。



「どうしても死にたくなったら苦しまずに、綺麗にお前の事殺してやるよ」



…それって、どういう意味なのだろう。
そんな風に逃げては見るけど、でも私にはその答えが透けて見える様な気がした。



「…主任。私、生憎暫くは死ぬ予定は無いんです」



「だろうな」



「…それでも、傍にいろと？」



「ああ。」



げししって、あの特徴的で、不気味な笑顔を浮かべて



「お前のそんな話聞くのなんて、俺くらいだぜ」



「これからもずっと聞いてやるから、お前のこれからを俺にくれよ」



…しれっと言ってるけど、なんて不平等な交換条件なのだろう。



でも、



「…割に合いませんね」



否定の言葉とか、嫌悪の感情がでないのは、もう私の腹が決まっているからだろう。
彼はそんな私の奥底が見えているかの様に、またげししと笑っていた。





摩天楼から身を投げて

死ぬ事は、もう彼が許してくれない

渦巻く記憶【ムサシ】→←溺れる夢を見ている【チィー】

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