初心で無知なお前に。【短編集】

黙秘を許して【八戒猪里】 ページ35

自分は普段通りに、波風立てないように過ごしているつもりでも、いつの間にかトラブルに巻き込まれてしまっている時がある。

例えば、今とか。



どうしてこうなったのかを焦りで沸き立つ頭で考えても何も思い出せない。
目の前には八戒さん。そして私の背後には壁があり、極め付きには顔の両横に八戒さんの両手。
少し前に流行った壁ドンという状態だが２m越えの巨体の彼にされると命の危険を感じる。
それにこれでも逃げる事もできない。



「は、八戒さん？…どうしたんですか？」



怒った様な顔でむっつりと黙り込んでいる八戒さんに、そう尋ねても、彼は表情を変えずに黙ったまま。
等々何もできる事がなくなり、わたわたしてると──。



「…やっぱり、同い年がよくなったか？」



「え？」



ようやく八戒さんが口を開いた。
…けど、そこから語られた言葉が唐突すぎて、何を言っているのかが理解できない。



…ん？



「(そういえば…)」



思い出したのは今日の朝の記憶。
確か、あの時は同期の六力君に話を聞いてもらってたんだっけ。

もしかして、



「(嫉妬、してる？)」



すると、私が何も言わなかった事に怒ったのか、それとも焦ったのか。
ガッと私の顔を掴んで



「…今更、他の奴になんてやらねえからな」



そうして乱暴なキスをひとつ。



…全く。





『ねえ、八戒さんにすごい子供扱いされるんだけど、私どうすればいいのかな六力君』



『知らねえよ。仕事しろ』





八戒さんの事、話してたなんて
きっと貴方は知らないんだろうな。



…でも、まだ言わない。
もう少しだけ、このままがいいから。





段々と深くなってゆくキスに抗うように、私は八戒さんの広い背中に手をまわした。






今だけは黙秘を許して

…まだもう少し、貴方に甘えていたいから

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