初心で無知なお前に。【短編集】

こっちを向いて【ムサシ】 ページ17

「ムサシ君、こっち向いて」



ひんやりと冷たい彼女の手が俺に触れる。
頬からでも分かるAの滑らかな掌は、触れられてて心地が良い。



「…Aって、よくそれを言うよな」



彼女は事あるごとに、そう言っては俺の顔を見つめてくる。
見えないから良く分からないけど気配で何となく笑って見ているのだろうな、という事は分かった。
一体Aは俺の顔のどこが気に入っているのだろうか。こんな傷だらけの顔の、どこが。



「だって嬉しいんだもの」



「？、…何が、」



「ムサシ君が、こっちを見てくれるのが」



「……。」



…あぁ、そうか。





『くそ…っ、くそ！』


『…ねぇ、ムサシ君』


『…っ、』


『…ムサシ、君』





いつか、俺が周囲の人間に見捨てられた時、

"バケモノ"って呼ばれた時、

…本物のバケモノになった時、



俺が酷い事した時も、




『ムサシ!!』




何時だって俺の名前を呼び続けてくれていたのは、Aだった。





「…A、」



「んー？」



稀に想像する事がある。
幼い頃からずっと一緒で、何時からがそれが当たり前になっていたAが俺の元を去ってしまったらって。

…失いたくないって、心の底から思うんだ。



だから、今度は俺が言わないと。



「 」





俺だけを見ていて

Aは驚愕した様に目を見開くと、すぐに泣きそうな、くしゃくしゃになった笑顔を浮かべた。

貴女に会えるという事【百式百子】→←溶け出した琥珀【トロワ】

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