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その数日後、君はまたいつものように、すっかり散って葉が出始めてきた桜の木の陰で、
いつもと同じ、あの曲を歌っていた。
正門よりも5分ほど駅から遠くなるこの裏門は、今日も人気がなく、
控えめなギターの音と、小さな君の歌声だけが柔らかく響いている。
紫耀の妹だという衝撃的事実を知って以来、君に会うのは初めてで、
隠されていたわけでも、騙されていたわけでもなく、
そもそも君と話したことすらないのに、
俺はどこか拗ねたような気分になっていた。
それでもつい、君の歌に惹きつけられて歩くスピードを落としてしまう自分に、小さく溜息をついてしまったその時。
この穏やかな空気を遮るかのように、俺の携帯の着信音が鳴り響いた。
その瞬間、君の歌声もギターもぴたりと止まって、
振り返った君とバチっと音がしそうなくらい見事に目が合った。
きっとこれが初めて。
初めて君が俺に会った瞬間。
「…廉君?」
そう、それから、これが初めて俺が君に名前を呼ばれた瞬間。
「え…あ、うん…そうやけど…」
予期せぬ初めての連続で、言葉に詰まってしまう俺に反して、
君は落ち着いた様子でフワリと笑った。
「やっぱり。
ちょうど今朝ね、紫耀に教えてもらったの。
私と同じ大学に通ってるメンバーがいるって。
写真も見せてもらったから、すぐにわかっちゃった。」
歌声よりも幼く感じる君の声。
それが心地良いのに苦しくて。
「あー……俺も前に紫耀から話聞いた。
えっと…名前…名前、何て言うんやっけ?」
アホやなぁ、俺。
A。
紫耀が俺の前で初めて君の名前を口にした時から、強烈にインプットされたその名前を、
会話が途切れるのが怖くて知らんふりするとか、
そんなん、
俺が紫耀の言ってた"変な男"ってことやん。
やけどやっぱり、
「A!春日Aです。よろしくね。」
そう言って笑う目の前の君を、今さら紫耀の妹として割り切って見るなんて、
「あ、うん…こちらこそよろしく。」
そんなん無理やわ、俺。
いつのまにか途切れていた着信音。
履歴には皮肉にも"紫耀"という文字が残っていて、
まだ授業前にもかかわらず、俺は携帯をマナーモードにしてポケットにしまった。
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P(プロフ) - ふみなさん» ありがとうございます。励みになります。頑張りますので、引き続きよろしくお願い致します。 (2018年9月11日 21時) (レス) id: 6d17b4bef7 (このIDを非表示/違反報告)
ふみな(プロフ) - いつも更新楽しみにしてます!頑張ってください! (2018年9月11日 21時) (レス) id: 5163432d21 (このIDを非表示/違反報告)
P(プロフ) - ランタンさん» 有難いお言葉ありがとうございます。そう言って下さると本当に嬉しいです。引き続き頑張りますので、よろしくお願い致します。 (2018年8月4日 17時) (レス) id: 6d17b4bef7 (このIDを非表示/違反報告)
ランタン - あんまり廉くん主人公を読んだことがなかったです。でもこの物語とっても面白かったです。これからも更新頑張ってください! (2018年8月4日 13時) (レス) id: bdde880c20 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:P | 作成日時:2018年8月2日 0時