錯覚 ページ14
「私昨日なんか言った？」
そう言うと目の前の辰哉は
少し悲しそうに笑った。
「うん。
言ったよ？
ずっと、俺に触れたかったって。」
そう言って辰哉は
私の腕を引き寄せれば
ぎゅっと私を抱きしめた。
「だから、俺も言ったの。
俺も忘れられなかったよ。
Aのことって。」
そう言う辰哉の腕の力は少し強くなって。
「Aは、俺の事
好きじゃないの？」
そう言われて気持ちがグラッと揺れる。
好きだ。
この2年間忘れたことなんてなかった。
1日も1分1秒だって忘れたことはない。
でも、私の脳内に浮かぶのは
楽しそうに笑う蓮の顔で。
「ごめん、辰哉。
今の私はその気持ちに答えらんない。
それに、彼女さんにも失礼だと思う。
だから、ここに居ちゃいけないの。」
そう言って辰哉の腕を抜け
玄関に向かおうとすると
辰哉は私の手首を掴む。
「、、どこ行くの？」
「、、私は戻るべき場所に戻るね。」
そう言って辰哉の手を
ほどけば力なく彼の手は
私の手をすり抜けた。
「また、仕事場でよろしくね」
そう言って最後に見た辰哉の顔は
ひどく悲しそうに見えた。
「もしもし？」
電話口からは
辰哉どうしたの〜？
なんて明るい彼女の声。
「あ〜ちょっと今いい？」
「なに？怖いんだけど」
「別れてほしい」
そう言うと電話口の彼女は
え？と言ったまま黙り込んでしまった。
「、、、別れたくないよ」
「う〜ん。
でもさ、俺付き合う時に言ったよね？
俺飽きたら捨てるし、最低な男だよって」
「、、、」
「君にもう飽きちゃった。
出会いはいくらでも君にも転がってるでしょ？
俺よりいい男捕まえてよ。」
「やだ、辰哉と別れたくない」
「ごめんね。
俺には君を抱えきれないや。」
電話口で彼女はひどく焦ったように
待って切らないで会って話そう？と
動揺していたけれど。
プツッと切った電話口からは
無機質なプーという音が鳴り響いた。
「、、なにやってんだ俺」
こうなることは分かってたはず。
いつかAのことを忘れられるなんて
俺は本気で思ってた？
頭をぐしゃぐしゃと掻いて
Aの出ていった玄関を見つめる。
「なにしてんだろ今」
数時間前まで確かにAは俺の腕の中に
いたのに。
どうしても忘れられなかった。
どうすればAはまた
俺だけを見てくれる？
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作者名：あやぴ
| 作成日時：2021年9月7日 3時
