15話目 ページ16
轟side
あの時のことはよく覚えていた。
Aのことを風が包み込んでいた。閉ざされた部屋の中なのに。
サラサラとした艶髪がふわふわと浮かんで、時々前髪で隠れている細められたそれが。真っ直ぐな瞳が垣間見えた。
何だ、想像していたよりずっと綺麗だ。
幼いながらもそう思った。それぐらい彼女の歌と相まって神秘的な現象に思えた。
当時、歌詞の意味は理解できなかったが、とても暖かい気持ちになったのを覚えている。まるで母と話している時のような。
ほんの20秒足らずだったと思う。その20秒で、彼女の透き通る声が、そのまま自分にじんわりと浸透したように思った。
物心着いた時から半ば幽閉されるようにずっと家で過ごして来た。
理由を聞くと母は「ごめんね」と悲しそうに、父は「そんなことを考えるな」と怒ったので、何も言わないようになった。
だから兄たちに”友達”という存在が出来た時、よくわからない気持ちになった。今思えば嫉妬だろうか。いや、もっと違う感情もあった気がする。
なんで僕だけ。そんなことばかり考えていた。姉から友達とは何かを説明されても、何となくしか分からなかったが、何となく羨ましかった。
その時の姉が本当に楽しそうに話をしていたから。
そんな時だった。彼女が来たのは。
今日だけ特別よ。お友達になってあげてね。そう母が言った次の日にAはやってきた。
”お友達”。
そう口から零れた。
口にする度何だか胸の中がじんわりと暖かくなる気がしたのだ。
女の子が一人遊びに来ると聞いてから何度も何度も言葉にした。何度繰り返しても、胸がこそばゆくて自然と笑顔になれた。
だからだろうか。
「ねぇ、焦凍君！私とお友達になってくれませんか！」
初めは見えにくそうだと思っていた髪をかき分けて、目を見合わせて、そう笑った彼女の顔がずっと俺の心に残っている。
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作者名：秋桜 時雨 | 作成日時：2019年2月6日 16時
