短編2 (ページ17)

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しばらくすると彼女が口を開く

「ね、デッサンモデルやって欲しい」

頭の中が疑問で溢れる

「デッサンモデル？なんで俺？」

彼女は手を止めずに話す

「いつも此処に一人だから。人物画のデッサンしたかったんだよね」

いつも一人という言葉に胸が若干痛む。そうだよな、対象が居ないとデッサンて出来ないよな……そうやってお願いされるとついつい承諾したくなってしまう

「いやー、でもなぁ……人に顔見られるのあんま好きじゃないんよ」

やっとAが筆を止めてこちらを見る。すると椅子から立ち上がって「ちょっとまってて」と言ってどこかへと消えた

しばらくしてから彼女が戻ってきて、その手には白い布があった

「ベールしたら、駄目？これなら完全には顔見えないよ」

彼女がこちらに近づいて、俺の頭にベールとやらを被せる。その布は薄い素材をしているため少しだけ透けている。それでも無いよりはマシだった

……これ花嫁がするやつじゃないか？なんで持ってんの？

座っている状態から彼女の顔を見上げる

「ね、お願い。モデルになって」

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俺は今、人生初のデッサンモデルになっている

楽な格好をして欲しいと言われたので、その場に座ってじっとして過ごす。彼女は新しいキャンバスを用意して、筆から鉛筆へと持ち替えていた

不思議な感覚だった。絵を描いている彼女の横顔ではなく、絵を描いてる彼女の正面の顔を見ることは初めての経験だった。彼女の瞳を見つめるも、視線は合わない

いや、こちらは見ているのだが……俺の目を見てはいなかった

どれくらい経ったのだろう。彼女から「描けた。ありがとう」と言う言葉を聞いて体勢を崩す。その場でストレッチをすると、とても心地よかった

彼女がこちらへ歩いてきて、そっと手をこちらに伸ばされる

そのままベールを両手でめくられ、目の前の景色が鮮明になった。彼女がしゃがんで目線が合う。今回はしっかりと目が合って、なんだかホッとして涙が出てしまった

彼女は突然泣き出した俺に引くこともビックリすることもなく、ただ黙って優しく頭を撫でてくる

少し時が経って気持ちが落ち着いてから、彼女のデッサンを見させてもらった

そこには俺がベール越しに見えていたような景色とそっくりの、白くぼやぼやとしたフレーム越しのような世界に俺がいた