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" 彼 " がいなくなったのは、六月の澄んだ日だった。
半年ほど前だったと思う。
彼は突然、ふらりとわたしの前に現れた。
だからきっと、突然いなくなってしまうんだろうな、と。
なんとなくそんな気がしていた。
だけどその突然は、本当に突然で、わたしはその現実を受け入れられなかった。
" 彼 " が見つかったのは、その次の日だった。
夕暮れ、知らない番号からの着信に嫌な予感がした。
彼の友人だと、電話の主が言う。
手からどっと汗が吹き出た。
受け入れられないと蓋をしたはずなのに、それは無理やりこじ開けて来た。
彼はもうここにはいません、そう返すのが精一杯だった。
ここに電話をかけてくるなら、それも知っているに違いない。
それじゃあ一体何のようなんだ、と電話の向こうの返事を待つ。
はい、と返事が聞こえた後、すう、と向こうから息の声がした。
彼は死にました。その言葉は、あまりにも非、現実的すぎた。
死んだ?
彼が?
現実味のない言葉だけが、電話の向こうから聞こえる。
間違いじゃないんですか。どうして彼が。なんで。本当に彼なんですか。
そんなことをまくし立てたと思う。
興奮したわたしとは正反対に、友人の声は冷たかった。
死んだ彼には、一度も会わせて貰えなかった。
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" 彼 " には名前がなかった。
覚えていなかった、と言う方が正しいと思う。
けれど、彼はいつも、僕に名前はないと言う。
どうしてそんな言い回しをするのか、いつも不思議だった。
五年たったいまでも、わたしにはその謎が解けずにいる。
死んだんだったら、枕元にでもたって教えてくれればいいのに。
..ほんとに死んだんなら、幽霊にでもなって、ずっと、わたしのそばにいてくれたらいいのに。
五年経ったいま、わたしはまだ彼のことを忘れられない。
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作者名:睡眠ちやん | 作成日時:2018年9月13日 22時