背筋が凍った ページ10
朝食を食べ終え、ノートの入ったリュックを背負うと、ナワーブが大学へ向かうのを察したハスターがゆっくりと影の中に溶けて行った。
それを見つめていたナワーブは問う。
「アンタって移動範囲とかあんの?」
「ある。其方から遠く離れるのは無理だ。無理矢理引き剥がされれば、我の力も弱まる」
足元の影からハスターの声が響く。
まあ、依代にしているのだから当然かと、ナワーブは納得する。
「家ん中って自由に動き回れんの?」
「あぁ。あの中ならな」
ふぅん、と興味があるのか無いのか、いまいち分からない返事を返したナワーブはマンションを出た。
いつもと変わらない風景の中を歩く。
いつもと変わらない日常を送る人々の中で、ナワーブだけがいつもと違う日常となった。
ふぁ、と欠伸をしながら歩いていると、スマホで通話をしながら歩くサラリーマンとすれ違う。
(何だあれ何だあれ何だあれ……!!)
ドクドクと激しく脈打つ心臓。
たらりと冷や汗が流れる。
フードの端をギュッと掴み、恐る恐る振り返った。
すれ違ったサラリーマンの背中に、女がしがみついている。長いボサボサの髪を振り回し、言葉にならない奇声を上げているのを、すれ違った時に見てしまった。
歯を剥き出しにし、憎悪の籠った血走った目でサラリーマンを睨みつけて。
それでも周りの人々は、サラリーマンを見ても驚愕の表情を浮かべず、誰も悲鳴を上げていなかった。
『前を向け、傭兵。アレに勘づかれるぞ』
「っ……」
耳に聞こえるというよりも、頭の中に響いてきたハスターの声で我に返り、慌てて前を向く。
「ハスター、あれって……」
『凄まじい憎悪の念よ。あの男、よっぽどの事をしでかしたようだな』
あのおぞましい姿が、頭から離れない。
あれはなんなのだろう。
ハスターに聞いてみたいが、聞いたところで聞きたくもない話になるだけだ。
ならば、聞かない方が良いのかもしれないと思う。
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作者名:モノクロ饅頭 | 作成日時:2023年11月4日 20時