順応が早くないとやってらんねえ ページ6
「なんで俺なんだよ…」
「全てを憶えているのは其方のみだったからだ」
ソファーに沈み込み、頭を抱えるナワーブにハスターは淡々と返した。
ゆっくりと顔を上げ、ナワーブはハスターを見上げながら問いかける。
「俺以外に、いなかったのか？」
「おるにはおる。だが、中身が違うのだ。アレらはただの紛い物よ」
「まがいもの……」
つまり、前世の面影を持つ彼らは他人の空似だと、ハスターは言いたいのだろう。
ナワーブは目を伏せる。
「寂しいか」
「……まあ、そりゃあな」
赤の他人と言えど、何度もお互いの命を守り合った仲間達だ。
全てを知っているのも、憶えているのも自分のみというのは些か悲しく、また寂しいものだった。
「覚えてるのが俺だけだったとしても、勝手に依代に選ぶんじゃねえよ」
「神故の傲慢よ。諦めるが良い」
「やっぱアンタうぜぇ」
「我に向かってそのような不敬をはたらくのは、後にも先にも其方ぐらいよ」
ホントの事だろうが、とナワーブはため息をつく。
今日はあまりにも色々なことが起こりすぎている。
とりあえず夕飯を作ろうと、キッチンへ向かった。
ずるりずるり、と後に続く音に振り返る。
「なんでついてくんの」
「ん？なに、我のことは気にするな」
「気にするわ」
それでもついてくる辺り、何を言ってもこの邪神には無駄だろう。
深くため息を吐いて、ナワーブは夕飯の準備に取り掛かった。
何かを一から作り始める気力も無く、作り置きをしていたカレーのルーを取り出す。ラップをしたままレンジに入れて、温める時間を設定する。
その間もじっとこちらを見つめる視線が気にならないわけもなく、ナワーブはチラリとハスターを見やる。
ハスターはレンジの中で温められながらクルクルと回る器を、興味深げに見つめていた。
そう言えば、この邪神は荘園にいた頃に料理にハマっていたなと思い出す。
きっかけは荘園の主がハスターに与えた、料理長という衣装のせいだろう。
あの頃にはレンジなんて便利なものは無く、ガスコンロで一から作っていた。
(コイツって、食べ物食えるのか……？)
料理長という衣装を持ち、実際に料理をしていたと聞いていたが、本人は食べるのだろうか。
口のようなものは見えないが、まさかあの深淵の中に突っ込むとでもいうのだろうか。
一度気になってしまえば、確かめてみたいと思うのが人間の性である。
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作者名：モノクロ饅頭 | 作成日時：2023年11月4日 20時
