ふざけんなタコ ページ5
「は……？」
ぐにゃり、と影が歪む。
影はズルズルと伸びて行き、やがて形を作り始める。
真っ黒な影は少しずつ色を着け始め、桑染色のローブから深紅の瞳がぎょろりと
「久しいな、傭兵よ」
愉快気に細まる瞳。
地の底から響くかのような声。
ナワーブは頭の片隅で、これも夢なんじゃないかと考えていた。
クスクス、と邪神は嗤う。
「夢ではないぞ。それに、朝には姿を見せたであろう？」
ほんの一瞬ではあったが、と邪神は続けた。
ナワーブには、前世の記憶がある。
いきなりこんな事を言ってしまうと頭がおかしいのではないかと思われてしまうだろうが、真実なのだから仕方がない。
ナワーブはかつて、エウリュディケ荘園という場所で生死を賭けたゲームに参加していた。
何故、そんな酔狂なゲームに参加したのかという理由は朧気になっていて、詳しくは思い出せない。
そして目の前に立つ異形の化け物とは、所謂ゲームで言うところの敵として対立していた。
黄衣の王。クトゥルフ神話における邪神であるハスターの化身。
桑染色のローブに身を包み、その背は人の身長を遥かに超えている。ローブの下からは、紫色をした四本の海洋生物のような触手を蠢かせていた。
血のように赤い手も、攻撃を振るう際には触手に変形することを、ナワーブは知っている。
「お前、俺に何をした」
ギッと強く睨みつけてくるナワーブに、ハスターはずるりずるりと近寄っていく。
後ずさろうにも、背後には窓があり逃げることが出来ない。
目の前にまで迫ったハスターは、ナワーブの顔を覗き込むように腰を折る。
「依代よ」
「より、しろ？」
うむ、とハスターは頷く。
「なに、今世はあの酔狂なゲームが開かれる場所がない故な。ちと暇になったのだ。どうせならまた人の世を見てみたいと思うてな」
微かに機嫌の良さそうな邪神を、ナワーブは感情の籠っていない目で見つめる。
それに気を悪くすることも無く、ハスターは続ける。
「丁度、
だから依代に選んだのだ、とハスターは言った。
それと前世より少し劣ったが、頑丈さも残っていたから取り憑いても簡単に死にはしないだろう、と。
ふるふると身体を震わせたナワーブは、俯いていた顔をガバッと勢いよく上げ、
「ふざけんなこのタコ！！」
と大声で怒鳴った。
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作者名：モノクロ饅頭 | 作成日時：2023年11月4日 20時
