そりゃあ、彼を選ぶよね ページ29
踏ん張っている親友の腕を掴む。
驚いてこちらを見る親友に、ナワーブは苦い顔をして叫んだ。
「俺らを助けてくれ、ハスター！」
瞬間、ズルゥと何本もの触手が地面から生えてきた。
触手は素早く親友にまとわりついていた黒い腕を薙ぎ払い、唖然とする親友とナワーブを抱え、二階の窓を開けて外へ放り投げた。
「うおおぉぉ！？」
「ハスター！？」
『案ずるな』
地面への衝撃を恐れ、固く目を瞑るが柔らかい何かに受け止められる。
恐る恐る目を開いてみると、コンクリートから生えた触手が親友とナワーブを受け止めていた。
色々な衝撃があったからか、親友は気を失っている。
ずるり、と触手が地面の中へと消えていき、地べたに座り込んだまま、ナワーブは暫くの間動くことが出来なかった。
家の中から、子供の笑い声と、SとRの悲鳴が聞こえた。
気を失った親友を何とか彼の家まで送り届け、ナワーブはマンションへと入った。
リュックをソファーへと投げ、身体を沈みこませる。
ゆらり、と自身に掛かる影にゆっくりと顔を上げた。無言でこちらを見下ろしてくる邪神に、ナワーブは唐突に掴みかかる。
掴みかかったところでハスターには効かないし、何なら返り討ちにされてもおかしくは無い。
それでも、ハスターは何も言わずに己の服を掴み、鋭い眼光でこちらを睨んでくるナワーブを見下ろした。
「っ、アンタと、アンタとさえ……」
アンタとさえ、出会わなければ。
血が出るのではないかと思う程に、強い力で衣服を掴むナワーブだが、やがてゆっくりと力を抜きソファーに再び座り込む。
もう嫌だ、と常人なら聞き取れないほどの声量でナワーブは呟く。
伸ばされた手を、パシッと跳ね除けると拒まれた手は宙で止まった。
もうこのまま、不敬として殺してくれないだろうか。
淡い期待を抱く。
「殺さぬ」
しかし、すぐにハスターの言葉によって淡い期待は崩れ落ちる。
項垂れ、両手で顔を覆い、身体を小さく丸める。
「……頼むから、俺のことは放っておいてくれ」
小さく、掠れ声で呟く。
ハスターは何も言わずに、その姿を消した。
ハスターのせいでこんな目にあった。
でも、ハスターがいなければ今頃、親友も自分も死んでいた。
でも、ハスターとさえ出会わなければ。
でも、ハスターに助けられたことも。
でも、でも、でも……。
「……誰も、悪くは、ないんだろうなぁ」
呟かれたナワーブの言葉は、誰にも拾われることは無かった。
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作者名：モノクロ饅頭 | 作成日時：2023年11月4日 20時
