このリングに願いを込めて (ページ4)

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「しげ、今日調子良くない？」
「そら、明日はチャンピオンなって初めての試合ですから」

せやけど…
何か言いた気なのに、お口にチャック。
俺のセコンドさんは、空気読むんが天才的にうまい。
見た目に似合わず繊細な男やもん。きっと察してくれてるんやろう。

「今日は一層すごいな」

ガラス張りの向こうに目をやると、ため息ついて肩をすくめる。

「俺は芸能人やない」
「“ボクシング界のニコニコ天使ちゃん”が何をおっしゃいますやら。笑」

めっちゃムカつくとこガッツリイジってくるのも、コイツらしい。

誰やねん、それ。
俺はボクサーやっちゅうねん。あいつらが見てるのは、“ボクサー”の俺やない。
まるでアイドル。

写真撮られて、騒ぎ立てられて、
おりもしない彼女探しまでされて。
そんな暇ないし。キョーミもないし。

プライベートもなんも、あったもんやない。

嫌気がさして、ついガラスの向こうを睨みつけると、さらに甲高い声が上がった。

通行人の邪魔やろ。
うっさいなぁ、集中できひんやんけ。
こっち見んな。

心の中で悪態つきながらも、とりあえず取り繕うように笑顔をひとつ。
黄色い歓声がまたあがって、ため息を飲み込んだ。

「ちょっと休もか」

照史の声に、雑音から逃げるように裏に入った。

「大丈夫か」
「大丈夫やなくてもやるしかないやろ」
「大丈夫ちゃうやん〜！」

最近は、メディアがいなくてもリング降りても、みんなが求める“重岡大毅”を演じてる。

ほんまに素でいられる相手って、何人おるんやろ。

照史の顔見ながら、

1、

数えようとして、やめた。

だって、余裕で片手で足りてまうやんけ。
そんなん虚しいだけ。

「とりあえず明日が終われば一旦オフやな」

「せや、どっか旅行でも行く？」
「えぇ、お前と？」
「不満か？恋人おらんのやし、慰め合おうやぁ」

いきなり腰くねらせて迫ってくる。

「ゾッとするわ！やめろやぁ！」

ケラケラ笑いながら表に向かうでっかい背中を追いかける。

うざったいギャラリーは、もういなくなってた。