このリングに願いを込めて (ページ1)

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耳に残る歓声を振り払うように拳を突き出す。

心を奮い立たせてくれた歓声が、耳障りになってきたのはいつの頃だったか。
今となっては思い出せない。思い出す気力すらない。

ただ、ボクシングが好きなだけだったのに。
ただ、相手と真正面から拳を合わせて勝ちたかっただけなのに。

勝利を重ねるたびに、顔を名前も売れて、
“重岡大毅”が独り歩きしてる。
まるで、俺が偽物(スペア)みたい。

一体自分は何なのか。
何をしたいのか。

どうなりたいのか。

それでも、試合は明後日。
立ち止まるわけにはいかない。
負けるわけにはいかない。
それだけが、俺の存在価値だから。

一層強く拳を出すと、

「っ、」
黄色い声が聞こえた気がして、思わずしゃがみ込んだ。

「大丈夫ですか⁉︎」

急に聞こえた声。
同時に肩を叩かれて、どうにか顔を上げる。

「具合、悪いんですか？」

「救急車、呼びましょうか？」

下から覗き込む、サラサラの前髪と眉毛を下げた顔は、夜の帳には似合わない幼さ。

「いや、大丈夫、です、」
「お水、買ってきます！」
「あのっ」

止める間も無く、公園の入り口に走ると、すぐに戻ってきて、目の前に膝をついた。

「はい」

蓋を開けて差し出されたペットボトルを、とりあえず受け取ると、少し頭を下げて口に含んだ。

別に喉が乾いてたわけやない。
暑かったわけでもない。

それでも冷たい水が喉を通ると、やっと酸素を胸いっぱい吸えたような気がして。
自分でも驚くほど、一気に全部飲み干した。