母親との対面 ページ5
「A〜！ご飯よ〜！」
しんと静まり返った部屋に突然響いた声に私は驚く。声はどうやら下の階から聞こえるようだった。程よい大人の女性の声からして、多分、母親だろう。
「聞こえてるの？返事ぐらいしなさい！」
声は大きいが、覇気がない。まるで、言葉を仕組まれたロボットのような言葉だ。
私は小さく息を吸って、それなりの声量で「はい」と返事をする。
部屋の中で小さく決意を固めると、初めましての母親に向けて足を踏み出した。
Aの住んでいる家はそこそこ大きい家のようで、自分の部屋から下の階に続く階段まで少々歩いた。螺旋階段のような長い階段を降りると、ロビーに続いており、その横の明るい部屋から料理の匂いがした。
リビングは広いが暖かさを感じる家具で揃えられており、暖炉が目を覚ました煉炭と同じ音を立てていた。
「なにをしているの？早く席につきなさい」
母親は私を一瞥もせずに冷たい声色で言う。私は小さく微笑むと頷き、料理が用意されていた席についた。
料理は2人分しか用意されておらず、父親の分が見当たらなかった。父親は仕事が夜遅いのか、はたまた、もうこの世にはいないのか。
私は依然、微笑みを崩すことなく両手を合わせ、小さく「いただきます」と呟くとようやく母親がこちらを見た。
しかしその後私に向けて言葉を発することなく、すぐに目線は料理に向いてしまった。
しばらく無言の時間が続いた。
ナイフとフォークが皿に当たる音と暖炉の薪が燃える音がやけに耳に響いた。
食事が終わった頃、耳に届くか届かないかぐらいの声で母親が呟いた。
「進路希望届は出したの？」
まるで娘のことに興味が無いような素振りをしていた母親がだが、進路には興味があるらしい。
ここで私がどう答えるかによって未来は変わってくるのだが──。
「うん、国家公務員で、提出したよ」
私はできるだけ冷静にそう答えた。それは嘘をついた訳ではなく、Aだったらそうしていたからだ。
その答えを聞いて母親の表情は強ばるわけでも、緩むわけでもなく、ただ平然に食後の紅茶を啜るだけだった。
このままでは一向に家庭環境を探ることは出来ないと感じた私は、賭けに出ることにした。
「ところで、お友達はみんなヒーロー志望なんだけどさ」
私は何気なく話題を提供した。しかし母親は私が言葉を発した瞬間、豹変した。
「A！！あなたは、他のことは違うのよ！あなたはヒーローになんかなれないのよ！！」
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作者名：宮 | 作成日時：2020年8月3日 2時
