Memory.3 ページ36
彼の名は██と言った。
数日前にこの村へ来た旅人で、ちょうど村を出ようとした時に運悪く巻き込まれたそうだ。
彼は私を安全な場所へ連れて行く途中、今までに訪れた場所の話をしてくれた。ずっとこの村で生きてきた私にとって、彼の体験談は輝いていた。
｢Aは砂漠って知ってる？｣
｢ええ。どこまでも乾いた砂地が広がっていてほとんど雨が降らない。日差しが強くて水もすぐ蒸発するから水分は貴重。昼と夜の寒暖差が激しい場所｣
｢よく知ってるなぁ…｣
彼は感心したようにため息をついた。
｢でも、実際に見たことはないだろ？｣
｢ええ。私は故郷の外に出たことがないから｣
｢じゃあこの騒ぎが落ち着いたら、砂漠に連れて行ってあげるよ｣
私は首を傾げた。
正直、砂漠に行くメリットが分からなかった。さっき私が言った通り、砂漠地帯は過酷な環境だ。この村の方がずっと過ごしやすいはずだ。
｢まぁそれはそうなんだけど。砂漠に限らず、どこかへ連れて行きたいんだ。君に旅の楽しさを知ってほしいから｣
｢旅の、楽しさ…｣
旅。なんていい響きだろう。私には一生、縁のないものだと思っていた。
行けるものなら行きたい。
そう言いかけて、やめた。
｢…行けない｣
｢え？｣
｢私は、行けない。行ってはいけない｣
私はすべて打ち明けた。この惨状が自分のせいであること、邪神の依代であること、人類を滅ぼしうる存在であること。
彼は穏やかな表情のままだった。
｢知ってたよ｣
｢…え｣
｢村中で噂になってた。星読みの巫女が邪神と契約した、この村はもう終わりだ…ってね｣
訳が分からなかった。だったら、どうして…
｢どうして私を助けたの…？あのまま死なせておけばよかったのに！｣
｢そういうわけにはいかないよ。目の前で人が死ぬのを黙って見過ごせない｣
｢呆れた…そのせいで、いったいこの村がどれだけ苦しむと…！｣
言っていることが滅茶苦茶だ。何故私は彼を責める？責めるべきは自分自身なのに。
｢目の前の一人を救えない奴は誰も救えない。だから君を助けたんだ。たとえそれが元凶であっても。そこに後悔はない｣
彼は真っ直ぐ私を見つめていた。
｢君の選択は間違っていたかもしれない。でも生きたいと思うのは当然だ。君は誰かの道具じゃない、一人の人間なんだ。
もし君が暴走したら俺が何とかする。命がけで止める。だから…一緒に村を出よう。俺と旅をしよう｣
私は何も言えなくて、ただただ頷いた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 105人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
