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目を開ければそこは見慣れない天井。
でも私を見下ろす親戚などはいなくて、私は愛されていなかったんだなと感じた。
あれ、親戚なんていたんだっけ。
痛む頭を必死に使い思い出す。
なんで、思い出せないんだろう。
「あれ、起きた?」
左下から聞こえてきた優しい舌っ足らずな声。
横を向こうとすれば上から顔を覗いてきて、ふわりと笑う。
「誰、ですか。」
ふわりと笑う顔は少し悲しくなって、ううんと首を横に振った。
「思い出さんくて、ええ。思い出したら、苦しくなってまう。」
少し低い安心するような声は私の耳をくすぐった。
私は、記憶を無くしてしまった らしい。
《なにがあったかは、御自身で思い出してくれると幸いです。》
医者からはこう伝えられ、慣れない真っ白なベッドにため息を吐いた。
季節は少し雪の残る春の目の前。
少し泥ついた雪に何人もが悩ませている頃だろう。
起きたときにそばに居た彼は自分を「濱田」と微笑みながら名乗った。
どこか見覚えのあるその顔は私の頬に優しく遠慮がちに触れた。
冷たくなった手は私の手を力強く包み「良かった、良かった」と重なった手をおでこにくっ付け固く目を閉じていた。
自分の名前も分からない私に、濱田さんは教えてくれた。
「Aって言うんよ。藤川A。」
「良い名前やね」と寒さで曇った窓をギュッギュッと袖で拭いながら言った。
覚えていなかった とは言え、自分の名前を褒められるのは嬉しかった。
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作者名:奈利子 x他1人 | 作成日時:2018年10月7日 0時