ことばよりも【短編集】 (ページ9)

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着いたらすぐ、綿の入ったリュックに砂を詰めようと思っていた。それで、ゆっくりと冷たい海に入ろうと。凍えるのが先か溺れるのが先かわからなかったので、どちらにせよ水を吸って重たくなったそれを背負っていれば、どこまでも沈んでいけると思ったから。でも、もう少しこのまま、澄んだ空気に包まれて星空を眺めていたかった。

　Aがすぐに行動に移す気がないことを悟ると、まふまふは「少し歩こうか」と言った。どちらも砂の上を歩くのに適した靴ではなかったので、何度か足を取られてはくすくすと笑った。笑っていないとどうにかなりそうだった。

　波打ち際でAの靴が濡れそうになると、まふまふは腰を抱いて引き寄せた。気にしないでいいのに、なんて思ったのも、喉につかえて言えなかった。

　ふと、まふまふが足を止める。それにつられてAも立ち止まる。どうしたの、と顔を覗き込もうとすると、まふまふはその背中を抱き寄せてキスをした。両方とも鼻先も唇も冷えていて、少しでも温めようと深く触れた。

　Aは抵抗しなかった。というより、できなかった。ひとの体温があまりにも暖かくて、離れ難いと思ってしまったから。それを自覚するとぽろぽろと涙が溢れて、呼吸が乱れる。それでもまふまふは離してはくれなかった。元よりどこにも行かせる気なんてなかった。

　何年もそうしていたような、それでいて数秒しか経っていないような時間が過ぎて、ようやく唇を離すと額をこつんと合わせた。Aは目を伏せて泣きじゃくっている。まふまふは服の袖でその涙を拭ってやりながら、神様のように笑った。

「……あったかいもの食べて帰ろっか。ボク、もう寒くてダメかも」

　まふまふの手は少し震えていた。というより、海についた時も、身支度を整えていた時も、Aが何をしようとしていたのか知ったあの時から、ずっと震えていたのだ。

　Aは世界中から後ろ指を差されるような恐怖に襲われたが、重ねていた唇に残る温度が背中を押すので、その手を取って頬を擦り寄せて、こくりと頷いた。

　まふまふはそれまで抱えていた心労を気付かせないようにほっと息をつきそうになるのをこらえて、Aを抱きしめる。しばらくの間そうして抱きしめ合って、体温を共有していた。冬の朝に毛布から抜け出せないように、お互いがお互いに依存していた。