. ページ28
電車に乗ると、ピリピリピリ、と発車を知らせる笛の音が辺りに響いて、さっきと同じ重たい音を立ててドアが閉まった。乗客はボク一人だけだ。彼女は窓の外で手を振っていて、ボクもそれに応える。
そろそろと電車が動き始めて、彼女の姿が遠くなる。来た方をずぅっと見つめていると、電車はトンネルに入って真っ暗になった。電灯が無いことはなぜか予想できていたので、それほど驚かなかった。
太陽も、青空も、蝉の音も遠ざかる。ボクのよく知る夏に飛び込んでいくように、ゆったりと目を閉じた。
・
「……ふ、まふまふ！」
「そらるさん……？」
相方の声で目が覚めた。ぱち、と目を開けるとクーラーの効いた自分の部屋だった。やけに頭が重い。身体が怠い。水が飲みたい。起き上がれない。
ごろ、と頭を転がして横を見ると、ちょっと焦った顔のそらるさんがいた。どうしたんだろう、と思ったけど、すぐに理解した。
そっか。
連れて行かれずに済んだのか。
「お前、来てみたら冷房ついてないまま床にぶっ倒れてたから、心配したんだぞ。熱中症になるだろ」
「あれ〜……？ つけてなかったっけ……」
「バカ、ほらこれ水。起き上がれるか？」
「むり……」
「しょうがねえな」
そらるさんはボクの背を支えて起こしてくれると、ペットボトルの蓋を開けてこちらに差し出した。ありがたくそれを受け取って中のスポーツドリンクを飲む。なんだかすごく久しぶりに水分を摂ったような気がする。
「マジで死ぬから、やめろよ」
「あはは……」
人が死ぬ直前に見るとされるものは、大きく分けて二つある。一つは走馬灯。もう一つは、三途の川や花畑といった、人の手の加わっていない原風景だ。
そのどちらでもなかったけど、ボクが見ていたものは後者に近いのではないだろうか。
すみません。たぶん、半分死んでました。口には出さないけど。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 36人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：こより | 作成日時：2023年3月1日 21時
