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Aちゃんは予想外と言った顔をして、「え〜……困ったな」と口元に手を当てて笑っていた。百合の咲くような嫋やかな笑顔だ。
沈黙の間にボクがごく、と生唾を飲んだ音がやけに大きく聴こえて、恥ずかしくてたまらない。
薄い唇を内向きに吸ってじっと待つと、Aちゃんはボクの手を両手で包んだ。ひんやりとしたそれが心地よくて、少し力が抜けた。
「嬉しい、ありがとう。でもごめんね」
「……うん」
「まふまふくんも、たぶんもうわかってるでしょ」
「……」
「百年」
「え？」
「百年、待っていてくれる？ それでもまだ忘れないでいてくれたら、もう一度言ってくれないかな。その時にまた返事をさせてほしい。……それでもいい？」
フレーズになんとなく聞き覚えがあって、なんだろうと記憶を探る。すぐにそれに行き着くと「……あ」と声が漏れた。
「夏目漱石」
「ばれた？ 覚えてるかな。授業でやってた頃ね、まふまふくんと席が隣だった」
「うん、覚えてる。Aちゃんの音読の時の声が、好きで……」
「え、なんか、恥ずかしいな。……わたし、授業あんまり熱心なタイプじゃなかったんだけど、頑張って聞いてたんだよ。まふまふくんが、近くにいたから」
「そうだったの？」
「真面目な子の方が、……印象良いと、思って」
真っ白な彼女の耳が少しずつ赤らんでいくのが見えて、もう愛おしくてたまらなくなって、その小さな背を抱き寄せた。Aちゃんはちょっと焦ったように身体を強ばらせたけど、腕の中に収まってしばらくじっとしていた。
連れて行けないことが悔しくてたまらない。でも、ここでボロボロと泣いてしまったら格好つかないから、歯を食いしばって我慢した。すん、と少しだけ鼻は鳴った。
「……そろそろ、行かないと」
「うん……」
「もう、来たらだめだからね」
「気をつけます」
「……元気で」
「ありがとう」
離れ難くて、じっと彼女の顔を見る。晩夏のノスタルジーに彩られた寂しげな笑みにどうしても耐えきれず、顔を近付けた。Aちゃんは少しびっくりしてからボクの口元を両手で覆い、「それはだめ」と言って、そのまま自分の手の甲にキスをした。
全身の血が頭に上って、熱に浮かされて涙が滲むボクを見て、彼女は悪戯に成功した子供のように笑った。ようやく見れた、年相応の笑い方だった。
「さようなら」
「……またね」
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作者名：こより | 作成日時：2023年3月1日 21時
