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それからすぐに電車が来た。一両編成の真っ白い車体が光を反射してチカチカと瞬く。行先には「九月」と書かれていた。
ゴロゴロ、と重い音と共に横開きのドアが開いたので乗り込むために立ち上がると、Aちゃんはボクのシャツの裾をちょっと引いた。
「なに？」
「これ持ってって」
渡されたのは、ここに来るまでAちゃんがずっと持っていた「はずれ」と書かれたあのアイスの棒だった。彼女が口をつけたものだからちょっと意識してしまって、どこを持って受け取るべきか少し悩んだけど、正常な反応だと主張したい。
「行かないの？」
「うん。ここまで。じゃあね」
「なんで？」
「切符、一枚しかないから」
ぱち、と目を見開く。電車の中から長身の顔のない車掌がぬ、と出てきて、長袖から覗く分厚い手袋に隠された手を、手のひらを上にしてこちらに差し出した。それが「切符を拝見します」のポーズだと察して、ぱっと手の中の棒を見る。ボクがそうしてまごついていると車掌はボクの手からそれを取って、ポケットから検札鋏を取り出して挟んだ。
ぱき、と割れる音がした。
「一緒に行けないの？」
「そう」
「じゃあ、ボクも残るよ。もう一本探してから一緒に行こう」
「だめだって。炎天下にずっといると大変なんだよ？熱中症になったり、脱水症状になったり」
そんなの、きみだって同じじゃないか。
「でも、でも」と往生際悪く糸口を探すボクをよそに、車掌は腕時計を頻りに確認し、Aちゃんは少女とは思えぬほど静かに笑う。自分が我儘を言って困らせる子供のように思えて、なんだか惨めだった。
それでも、ここで彼女と別れたら、もう二度と会えないような気がした。何か言わないといけないという焦燥が心を支配してやまなかった。
「好きだよ」
「……えっ」
「い、一緒に行きたいんだよ」
声に出してから、自分は何を言っているんだと困惑した。顔から火が出そうな程に熱い。勢いのままもう一度彼女の手を握った。相変わらず冷たかった。
自分の名前もわからない。彼女の名前もまだ馴染みがない。けれど思い出した。ボクは、彼女のことが好きだった。それは遠い昔の話だったようでもあり、つい最近に至るまで抱き続けていた想いのようでもある。隣を歩く度に湧き上がる妙に浮き足立つあの感覚が、そうだ、恋というものだった。
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作者名：こより | 作成日時：2023年3月1日 21時
